T

 挨拶が飛び交う昇降口前。わたしは寒さのせいで震える足に鞭を打ちながら、足早に校内へ入った。冬特有の冷や冷やとした風に吹かれたため、せっかく早起きしてセットした髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまった。眉を顰めながら、執拗に前髪を触る。変じゃないかなあ。髪の毛を妙に気にしながら、上履きを履いた。そして、視線を上げるとそこには、 「あ、」 不動くんがいた。彼と目が合わさっていた。 「おはよう。」 笑いかけると、不動くんは視線を泳がせて、 「…ああ。」 と不機嫌そうな返事をした。まだ眠たいのかなあ。ぼうっとしながら考えていると、不動くんはスタスタと教室へ向かってしまった。




U

 視界がぼんやりとぼやけて、景色がかくんかくんと揺れ動く。遠くのほうで先生の声がして、それがまるで呪文のように耳に残る。聞いていなきゃ。そうじゃないと確実にわからなくなってしまう。英語の教科書を手に持って、必死で英文を目で辿る。けれどすぐに意識は飛んで、瞼がとろんと重くなる。眠ってしまう。そう感じたとき、コツンと頭に衝撃が当たった。ぱっと一気に眠気が覚めて、視線を上げる。するとそこには、先生のムスッとした顔があって、やばいと直感したわたしは慌てて教科書を持ち直した。 「ここ、テストに出すんだぞ。」 脅迫にも似た低い声が耳に響いて、おずおずと 「は、はい…。」 返事をした。友達がクスクス笑っているのが聞こえて、急に恥ずかしくなった。ふと視線を動かしてみると、少し離れたところにいた不動くんと目が合う。わたしの思い違いかもしれないけれど、そのときの不動くんの口元がにやりと笑っていたような気がした。




V

 体育の授業でバスケットボールをした。女子と男子は別れて、ミニゲームをしたり、試合をしたり、各々が楽しんでいた。わたしはあまりバスケが得意じゃあなかったから、ぼうっと突っ立って見ていることが多かった。友達が颯爽とコートを駆けて、ゴールを決める格好の良いシーンを体育館の隅で、ひとり見つめる。わたしもあれくらい上手にできたらなあ。そんなことを思いながら、不意に視線を男子コートに向けた。 「あ、」 また不動くんと目が合わさった。今日はよく彼と目が合うな。朝のことをぼんやりと思い出して、未だに視線を逸らさずにいる不動くんに、とりあえず笑ってみる。すると彼は、ぷいっと顔を背けた。あ、あれ、もしかして、わたし、じゃなかったの、かな。わたしの、か、かんち、がい? 恥ずかしくって、顔を伏せた。
 パンパンパン。ボールが地面に力強く叩きつけられる音が体育館に響く。 「うおー!」「すげえー!」 男子コートで、いきなり興奮仕切った声がするものだから、気になって視線を上げた。コートの真ん中辺りにいた不動くんの周りには、男子が集まっていて、執拗にハイタッチなどを迫られていた。なにがあったのだろう。わからなくて、ただじっと彼を見つめていると、今度は確実に目が合った。彼は、嫌な笑みを浮かべていた。




W

 帰り支度を済ませて、下駄箱へ向かう。太陽はもう傾きかけていて、影が色濃くなっていた。寒さもそれに比例して、どんどん増していくばかりだった。上履きを脱いで、ローファーに履き替えた足はもう既に悴んでいて、憂鬱になった。マフラーと手袋を装着して、いざ昇降口へ出る。早足に歩みを進めていると、 「おい、」 だれかが呼び止める声がした。振り返ると壁にもたれ掛かっている不動くんが映った。不動くんはわたしに狙いを定めていて、ゆっくりとした足取りで此方に向かってくる。一歩、後退さった。彼はにやりと口元を上げて、えらく自信満々に、こう言った。


「お前、好きなんだろ、俺のこと。」



彼らの淡い恋物語
執筆:20101220