ここから少し離れたところに、が名前も知らない男と話しているのが見える。最近教室へやって来ては執拗にを呼び出す、どこの馬の骨だか知れない輩だった。その男がに対して抱いている想いは、以外の奴らは気づいていたが、当の本人は全くわかっていなかった。 堂々と教室の前で、壁に手を付きながらを厭らしい目付きで見下ろす男に、吐き気がした。それに気づかないにも腹が立った。最近は毎日こんな風に気持ちが乱れている。でも俺にはそれを解消する方法が思いつかなかった。もう、限界に、近かった。 男はが嫌がらないことを言いことに、ぺたぺたとの身体を触り出した。は男に、下心があることに気づかない。なぜだ。なんでわからないんだ。とことん鈍感なに、腹が立った。嫌だと思っているのに、へらへらと苦い笑いを浮かべるにむしゃくしゃして、俺は二人に駆け寄った。そして、の腕を掴んだ。痛いくらいに掴んでやった。は驚いて、こちらに視線を向ける。瞳は、ひどく揺らいでいた。 「とび、たか、くん、」 小さな唇が、消えてしまいそうな、儚い声を発した。俺は気にせず、の細っこい腕を引っ張って、早足に歩き出した。 「え、と、とび、たかく、ん、」 の不安そうな声が耳に届いた。だが、俺は足を止めなかった。なにもかもが、もう限界だった。 男は俺たちを追って来なかった。俺は人通りの少ない場所まで来るとの腕を放した。その腕は赤みを帯びていて、かなりの力で掴んでいたことがわかった。申し訳ないと思う半面、歓喜がじわじわと押し寄せてくるのを感じた。とうとうイカれてしまった。そう思った。 飛鷹くん。が俺の名前を零した。ドキリと心臓が高鳴る。はじっと俺を見つめて、ふんわりと笑ったあと、 「助けてくれて、ありがとう。」 と言った。違う、お前のためにやったんじゃない。そんなこと、口が裂けても言えなかった。すべては俺自身のためだったということに、は全く気づいていなかった。 死んだ少年によろしく 執筆:20101220 |