少々年季の入った部室でぎしぎしと体重をかけるたびに耳障りな音がする椅子に腰をかけていると、目の前で大人しく座っていたが突拍子もなく顔面を俺に近づける。うーん、と唸りながらなにかを考えているようだったが、俺にはの意図が全くわからず反射的に身体を反らした。あまりにも顔と顔との距離が近すぎて、不覚にも心臓がドクンと高鳴る。こんなことを何事も無いようにしでかしてしまう天然というものは、毎度思うが恐ろしい。

「…なんだいきなり」
「うーん」
「………」
「うーん、見えない」
「…なにがだ」

 「見えない」のはこちらの台詞だ。お前の行動の意図が全くもって理解できん。半ばこんな奴に付き合いきれないと思いながらも、俺をじっと見つめて離さないの瞳を俺だけが支配していると思うとちょっとした優越感を抱く。矛盾した気持ちがぐるぐる回転しながら渦巻いているのを溜め息混じり感じた。そんな俺を余所にが「ゴーグルの向こう側」と呟いて怪訝そうな視線を向ける。

「なにを今更」
「そうだけど。春奈がお兄ちゃんは赤い目してるんだって言うから、どんなものかと気になって気になって気になりすぎて、昨日からあんまり寝てない」
「馬鹿か」
「ひど!わたし鬼道のことで頭いっぱいなのに」

 馬鹿は語彙が少なくて困る。先程のの発言は、聞く分には十分誤解を招く言い回しだっただろう。話の流れからして俺を好意的に思ってそんなことを口にした訳ではなく、あくまでも俺の目だけに対しての発言だ。どっと脱力感が襲う。何故俺はこんなやつを、。

「光の加減とかで見えないかなって考えたんだけど、無駄だったみたい。ねぇ、鬼道、」
「外さんぞ」
「ええ!まだなにも頼んでないよ」
「今この状況でそれ以外になにがあると言うんだ」
「……どうしてもだめ?」

 きらきらと瞳を潤ませながら頼むに思わず首を縦に振ってしまいそうになったが、寸前で否定の言葉を口にした。「お前に見せてやる義理はない」と。するとはむっと顔を強張らせて、「鬼道のケチ!もういい!」と随分怒った様子で部室を出ていった。残された俺はなんとも言えない気持ちを抱えながら、盛大な溜め息を吐く。
 レンズ越しに見てもお前は俺の鼓動を容易に加速させることが出来るのに、そのバリアを外してしまったら、。────── 俺は自分の気持ちを抑える自信など、ない。



未発達のこころ
執筆:20100712 公開:20100720