黒板いっぱいに書かれたお世辞にも上手いとは言えない文字を黒板消しで、サーッと消していく。国語の先生なのになんでこんなに字が下手なんだろうと若干偏見紛いのことを思いながら、爪先にきゅっと力を入れた。あまり成長の芳しくないわたしの身体にとって、黒板はとても大きくて一番上まで書かれた乱雑な字を消すことができない。ああ、あと身長が10センチあればきっと届くのになあ。どうしようもないことを考えながら、どうしても届かない頂上を見上げながら大腿に力を入れて高く跳び上がった。その瞬間、もわっと白い粒子がそこらに飛び散る。うえっ、く、口にちょっとはいった…!

「なにやってんだよ!」

 後方から不意に声を掛けられゆっくりとした調子で振り返ると、そこには困ったように笑う円堂くんの姿があった。「ほら、貸してみろ」彼はそう言うとわたしの右手にあった黒板消しを引き抜いて、自分の右手に嵌め込んだ。そして、わたしの届かなかったところをいとも簡単にきれいさっぱり消し去っていく。わあ、円堂くんって結構背大きいんだなあ。彼の隣に並んでみて初めてそれを実感していると、いつの間にか黒板を消し終わっていた円堂くんとがっしりと目線が合わさった。少しの間双方共に無言のまま見つめ合っていると、その沈黙に耐え切れなかったのか、先に口を開いたのは円堂くんのほうだった。「お、俺の顔なんか付いてるか?」視線を泳がせながら頬をぽりぽりと掻く円堂くんはそこはかとなく、頬が赤い。それに気付いたわたしも伝染したみたいに頬を赤く染めた。途端に円堂くんの顔が恥ずかしくて直視できなくなった。

「う、ううん、そうじゃなくて、」
「う、うん」
「…背、高いなあ、と思って」
「そうか?」
「うん、わたし、背低いから、背高いのに憧れてるっていうか、…うらやましい」
「ふうん、」

 小学校の高学年くらいからピタリと成長が止まってしまったわたしの身体は小さくて、見るからに幼児体型だ。だから背の高い人、男女問わずだけれど、わたしの憧憬の的だった。円堂くんは背の高いサッカー部の人たちといるから別段円堂くんが飛び抜けて大きいとは感じなかったけれど、実際隣に立ってみると違う。やっぱり、背高いのって「小さいほうがいい」いいな、?俯き加減だった顔を上げると、円堂くんと目が合って、「俺は、小さいほうがいいと思う!」恥ずかしかったけど目が逸らせなくて、「子犬みたいでか、かわいいし、」円堂くんの瞳に吸い込まれそうで、「俺さ、見てると、」まるでここだけ、「守りたいって思うんだ!」時間が止まったみたいだ。



黄色い恋をした
執筆:20100804 公開:20100806