「わたし飛鷹さんにぎゅうされたらしねますほんとに」

 じーっと食い入るように飛鷹さんの顔を眺めて、ポロリと口から零れたのがついさっきの台詞。それに飛鷹さんはうんざりしたようにため息を吐いて「……馬鹿なこと言ってねえで、手進めろ」だって。馬鹿なことってひどい、馬鹿なことって。ぶすっと頬を膨らませるけれど、飛鷹さんはすぐに視線をわたしから離したから気づかない。それにまたぶすっとなる。ああ、憎い。机に広がる真っ白な夏休みの課題ワークが、とても。

「飛鷹さんぎゅうしてください」
「………」
「飛鷹さん飛鷹さん、ちゅーでもいいですよ」
「………」
「飛鷹さーん、やらしいことがしたいですー」
「………」
「とーびーたーかーさーん、キースーマークー」
「…………、」
「飛鷹しゃーん、わたし今日のブラふりふりレースなんで「だあああああ!うるせぇんだよ!」

 いきなり大きな声を上げる飛鷹さんに、しーっと人差し指を口元に当てて言う。「ここは図書館ですよ。大きな声出しちゃ駄目じゃないですか」すると飛鷹さんの額に、2本の青筋が浮かび上がった。あれ、飛鷹さん、怒っちゃった…?それを確認する前に、ギロリと飛鷹さんの凛々しい瞳に捕らえられてしまって、直感であ、殴られると思った。咄嗟に防衛体制に入り、目をぎゅっと瞑る。別に怒らせるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだけどな、目を閉じながらいつ来るかわからない衝撃に構える。でも、いくら待っても飛鷹さんのゲンコツは降り注いでこない。あれ、もしかしてわたしの気のせいだったのかな、そう思ってそっと目を開けようとしたら、突然頭を守っていた腕が引っ張られた。あまりにも強い力に上半身が机に乗り上がり、何も考える暇なく唇にやわらかいものが当たった。隣でバサリと何かが落ちた音がしたけれど、そんなの構ってる余裕もなくて、。すぐに離された唇からは「これでいいだろ」と紡がれて、飛鷹さんの顔をぼうっとしたレンズ越しに見た。その表情があまりにも余裕だったから、負けまいと「ぜんぜん足りないです」と言い返してやると、飛鷹さんはフッと勝ち誇ったような笑みを浮かべて、口元を上げる。

「その割には顔、すげぇ真っ赤だぞ」



桃色かたおもい
執筆:20100901