ガラガラ、と控えめに響いたドアの先には、頭に風呂敷を巻いた奇妙な女、もといが居た。誰もいないと思っていたのだろうか、は俺の顔を見るなり固まって、教室へ踏み入ることをしなかった。時計を確認すればまだ7時半を回ったくらいで、毎日遅刻ぎりぎりのにしては、非常に早い登校だと思った。目を合わせたまま、一向に進もうとも後退しようともしないに、「入らないのか」と問いかけると、は「ぅえっ!」と奇妙な声を上げた。視線をあちらこちらに泳がせながらゆっくりと頷くと、はぎこちない足取りで教室へ入り、此方へ向かってくる。相変わらず頭を覆っている風呂敷がどうも気になったが、其れをスクールバックを掲げて隠している辺り、あまり触れられたくないのだろうと思って、口にすることはなかった。だが、あまりにも滑稽な姿に思わず笑いが込み上げてくる。フッ、と声に出さずに口元を緩めるとスクールバックをずらして俺の様子を窺うと、がっしりと目が合わさった。変な奴だ。 「隠したいんじゃないのか、其れ。思いっきり見えてるぞ」 「え、あ…」 「それに今日はやけに早いんだな。感心だ」 一方的に話し掛けるとは慌てて視線をそこらに散らした。そしてまた俺と目が合わさると恥ずかしそうに俯いて、スクールバックをきゅっと握った。ああ、可愛い。思わず口に出てしまいそうになるのを抑えた。 の真っ赤な頬が示すのは、緊張かはたまたときめきか。どちらにせよ、悪くない。そんなことを考えながら、もごもごと何かを伝えたそうにするを待った。 「…しっぱい、したから」 「しっぱい?」 うん、と頷いて、観念したように顔面を隠していたスクールバックを机に置いた。そして、風呂敷を指差すと「髪の毛、」と単語を発する。髪の毛?俺の中での疑問は解決しないままだった。髪の毛が一体どうしたというのだ。首を横に傾げると、は慌てて言葉を付け足した。 「昨日、美容院行って、髪切ってもらって、家に帰って鏡見たら、なんか物足りないって思って、自分で切ったら…、」 「失敗、したのか」 コクン、と頷いて、の顔には後悔の色が滲み出る。突発的にやってしまったことを、心の底から悔やんでいるようだ。まあコイツらしいと言えば、らしい失敗だがな。 「見てみたい」ポツリと呟いて俺はに一歩、また一歩ずつ近づくと、はえ、え?と右に左に視線を慌てて逸らした。目の前まで来るとだいぶ大人しくなって、ぼーっと俺のことを見上げる。間抜け面だ、と思いながらも、それがいとおしくて堪らない。 「俺になら見せてくれるだろう」 「ぜったい、笑われちゃう…」 「笑わない」 「だって、前髪へんだし、後ろ髪も切りすぎちゃって、」 「笑わない。どんな髪型でも、お前はお前だ」 俺の強引に押されたのか、はゆっくりと結び目を解き、風呂敷で隠れていた頭部を露わにした。前髪は歪に切り揃えてあり、後ろ髪は以前と比べるととても短くなっていた。「…可愛いな」今度こそ零れ落ちてしまった一言。それに敏感に反応したは、みるみるうちに頬を真っ赤にさせる。不随意に出た本心だったか、もう一度確かめるように「可愛い」と言ってやった。すると、恥ずかしさで居た堪れなくなったは、右手に持っていた風呂敷でまた覆い隠そうとする。なんて、愛しいんだろうか。 「」名前を呼んで、衝動的に身体を引き寄せた。そして、喉の奥底でずっと引っ掛かっていたものを吐き出すように、言葉を続けた。 「お前が好きだ」 俺だけの可愛いひと 執筆:20100919 |