はあ、はあ。が息を吐くたびに白い靄がふわり、ふわり。現れては消える。手が悴むのだろう、先ほどからそんなことを繰り返している。手袋はどうしたんだ。そんな疑問がポツリと浮かんで、また消えていく。ほんの数日前、何処かで落としてしまったとギャーギャーコイツが一人騒いでいたのを思い出した 。手袋なんて嵌めておけば、落とすこともないだろうに。改めて、馬鹿だと思った。 寒いですねえ、鬼道さん。寒さに声が震えていた。冷たい風が打ちつけるせいか、の頬は赤く染まっている。俺は、ああと短く頷くと、俺の口からも白い靄が、ふわりと現れて消えた。ねえ、鬼道さん。またが呼ぶ。 「わがまま言ってもいいですか」 「却下だ」 「えええっ!せめて内容だけでも聞いてくださいよ!」 「面倒くさい」 「そんな面と向かって、めんどくさいとか言わないでください!泣きますよ!」 「…………」 ああ、さっきわたしのことめんどくさって思ったでしょう!顔に出てます、鬼道さんひどいです!ギャーギャーと喚くを無視して、スタスタ先を歩くと後ろからバタバタ音を立てながらが付いてくる。全く、喋っていてもいなくても、騒がしい奴だ。はあ、と溜め息を吐いた。ふわり、と白が浮かんで 、また。 あの、鬼道さん。今日は何度呼ばれるのだろう、またが俺の名前を呼ぶ。心なしか、泣き出しそうな声色にも聞こえる。ちらっと、を見た。相変わらず頬は赤いが、別段変わった様子はない。否、よく見ると眉がへの字に曲げられている。どうやら、なにか不満があるらしい。「ほんと、鬼道さんって 、わたしのこと嫌いですよね」どこか投げたように呟いたの言葉に、俺は立ち止まる。も自然と足を止めて、こちらを窺った。ムスッとした表情で、俺の言葉を待っている。無意識のうちに、口角が上がり、意地の悪い含み笑いが込み上げてくる。「…フッ、よくわかってるじゃないか」の顔が、更に曇っ た。 「…わたしは、鬼道さんのこと、好きなんですけどね」 トーンが下がる。言葉に抑揚がない。まるで独り言を呟くようだった。今度はが俺の先をスタスタと歩いて、俺を置いていく。はあ、はあ。が再び悴む手に、無意味なことをし始める。ああ、本当に面倒くさい奴だ。俺も、息を吐く。白い靄が、とても鬱陶しい。 おい。今すぐ、止まれ。小さくなった背中に、投げかける。それでも、は止まらない。ああ、面倒くさい。止まれと言ったら、止まれ。あいつは止まらない。 「お前の我侭を聞いてやる」 止まった。そして、ゆっくりと後ろを振り返る。心なしか、瞳が潤んでいる。は少しの間悩んだ後、素直にこちらに向かって歩いてきた。俯きながら、とぼとぼとやってくる。「わがまま、ほんとに、聞いてくれるの?」目の前で、今にも泣き出しそうな調子で言う。寒さのせいで、そう聞こえる。本当かどうかは俺にはわからない。が見つめるのは、俺ではなく凍えた地面だからだ。故に視線が噛み合わない。それだけで、なんだか苛々する。 おい、 「左手を出せ」 やっと視線が合った。は顔を上げて、戸惑いながら俺を見る。早くしろと急かさんばかりに、自分の右手をの前に差し出した。はその手を凝視する。差し伸べられた手の意味がわからないのだろうか。その手をじっと見つめて、動かない。お前の言う我侭とやらは、このことであったのだろう 。中々状況を理解していないに苛々して、俺は強引にの左手を掴んだ。 寒いと言ってるだろう。早く帰るぞ。ぐいぐい左手を引っ張って、歩き出す。は、自然と俺の隣に並び、繋がれた手をぎゅっと握った。一瞥すれば、へらへらと緩み切った笑顔を浮かべるが目に入る。変な顔だな。そう呟けば、 「可愛いの間違いなんじゃないですか、鬼道さん」 ああ、そうだな。そう、素直に肯定するのも癪だったから、かわりにの冷たくて、小さな手をぎゅっと握り返した。 むずかしい話じゃない 執筆:20101122 |