春風が心地よくなびく、ある昼下がりの出来事。わたしとリクオくんは昼食をとるために日光がさんさんと降り注ぐ、中庭へと足を運んでいた。空いているベンチに二人並んで座れば、ふと目の前にいるカップルであろう人達が視界に収まった。 「ダーリン、はい、あーん」 「あーん…んっ、すごく美味しいよハニー」 「ほんとにぃ?」 「ほんとうだよ。さあハニー、今度は君の番だよ。キュートで小さなその口を開けてごらん」 えぇ、恥ずかしいよぉ。猫撫で声の彼女は本当に恥ずかしそうに身振りを加えて、彼氏から差し出された箸の先を口に含むことを躊躇っていた。わたしはそんな一昔前の漫画に出てきそうなやり取りを繰り広げる二人に、唖然として目を離せずにいた。すると、隣から何事もなかったかのようなリクオくんの落ち着いた声が耳に響いた。 「?食べないの?」 「え!…あ、うん食べよっか」 ピンク色の包みから弁当箱を取り出して急いで蓋を開ける。 リクオくんは目の前のカップルが気にならないの?と視線を隣に移したけれど、リクオくんは知らんぷりだ。それとは対照的に、一度好奇心が生まれると中々それを抑えることができないわたしはチラチラと向こうに視線が移った。 あっ、今彼女の口元についてたご飯粒食べた! そんなカップルに気を取られていると、隣から「…おい、」と痺れを切らしたような低音が響く。それに急いで「はっ、はい!」と返事をすると、「箸持たなきゃ食べられないだろ」と口をへの字に尖らせるリクオくん。不機嫌な表情のリクオくんは美味しそうな卵焼きを持ったまま、わたしを睨んで離さない。慌てて箸入れの中から小さめの箸を取り出すと、わたしは苦笑いを浮かべた。危ない危ない。リクオくんを怒らせてしまうところだった。 リクオくんを怒らせてしまっては至極めんどうだ、とわかってはいたのだけれど。「見たい」という欲求は中々なくならない。無意識のうちに視線が束縛されている。わたしはたこさんウインナーを箸で持ちながら、ちらっとまた視線をカップルに移した。 あっ、今彼女のほっぺにキスした! 「…、人の話聞いてたか」 急にどすの利いた声が隣から発っせられて、ビクリとしたわたしは思わず箸で握っていたものを落としてしまった。地面には悲しい表情を浮かべたたこさんウインナーが転がっている。ああ、やらかしてしまった。もちろん二重の意味で、だけれど。 「ご、ごめんなさい…」 素直に頭を下げて謝ると、リクオくんは少しの間黙ったあと、おもむろに「……あーいうこと、したいのか?」と少し距離の合ったわたしへと近付いてきた。え?と視線を隣に向けると、とても愉しそうな笑みを浮かべるリクオくんがいた。あまりの距離の近さに驚くよりも前に、反射で頬を赤く染めた。 「ど、どういう意味…てか、リクオくん、ち、ちかいっ」 「あーいうバカップルみたいなことしたいのか、は」 ふと腰に回された腕にぎょっとして、リクオくんに向かって激しく首を横に振るう。先程の返答とこの腕を離して、という両方の意味で。でもそれをわかってくれないリクオくんは、わたしの目の前に美味しそうな卵焼きを突き出す。さっきまでリクオくんが自分で食べようとしていた、それである。いらないと首を横にするけれど、「あーんは?」と耳元で囁かれる形でボソッと呟かれる。 「い、いじわるだ…」 「心外だな。僕はいつでも優しいだろ」 リクオくんはほら、と急かすように卵焼きを固く結んだ口元にやる。どんどん近付いてくる黄色いものとリクオくんの鋭い視線にやられて、わたしは頑なだった口元を緩めて、嗚呼、もうっ!とどこか投げやりに唇を開けた。勢いよくそれを含むと口内に程よい甘さが広がる。 「……おいしい」 素直に言葉にしてみればリクオくんは満足そうに笑った。そんなリクオくんがとても格好良くて少しの間見とれていると、「なに、キスでもしてほしいの?」とわたしをからかう。そんな彼の言葉にはっと我に返り、慌てて首を振るうとリクオくんは「どうしよっかな」と鼻歌まじりに言う。…やっぱり今日のリクオくんはいじわるだ。 「…、顔真っ赤っか」 「リ、リクオくんが変なこと、言うから…」 「可愛い」 返す言葉もなく俯いていると、不言実行のリクオくんはわたしの名前を呼んで顎を持つと不意に自分の唇を当てた。わたしの唇にふわりと柔らかいものが当たり、その正体がリクオくんのものだったとわかったときにはもう唇は離ればなれになっていた。 「ご馳走さま」 そう呟いたリクオくんはやっぱりいじわるで、嬉しさと恥ずかしさが混沌していたわたしはみるみるうちに頬を紅潮させた。またリクオくんにバカにされる、とわかっていながらも高鳴る鼓動を押さえる術なんて、わたしは知らなくて。視線をあちこちに漂わせる。リクオくんはそんなわたしを見て、口角を上げて愉しそうに笑った。 「やっぱり可愛い」 シュガーで出来たきみ 執筆:20100316 公開:20100605 |