# かがやくジレンマ


 携帯が壊れた。友達曰く、彼氏と喧嘩して大勢の人が集まる駅のホームで、携帯真っ二つにされて壊された。という、そんな野蛮な壊れ方なんかじゃなくて。学校の一番奥のトイレに間違って携帯を落っことしてしまったという、わたしの凡ミスだった。だから、まあ多少の脱力感やがっかり感からは免れられないけれど、心は穏やかだし、これといって気にすることでもなかったし、1週間の間は携帯無しという生活を送った。わたしは特に携帯依存や携帯が手元にないと寂しいなんてこと思うような子ではなかったので、別段なんら変わりない高校生活を満喫していた。そして、今日には新しい携帯が届くわよという母の言葉をきっちりと頭のテープに録音して、さっさと今日は帰って新しい携帯の設定やらなんやらをやろうと思い、帰る支度をしていたときだった。「」と、わたしの頭上でわたしの名を呼ぶ声が聞こえた。見上げてみるとそこには同じクラスの花井が、わたしのことを見下ろしていた。そういえば、花井って下の名前なんて言うんだっけ。そんな関係ないことを考えながら、素っ気無い返事をすると、ちょっと来てとでも言うように腕を引っ張られた。なんだ、なんだ?


「・・・なにいきなり。わたし、今日用事あるんだけど」


 花井は黙ったまま、一向に口を開こうとしない。こんな人気のないところへ連れてきて、わたしの問いかけを無視するとは。なんだか無性に腹が立ってきたわたしは、無言で元来た道を戻ろうと方向転換を図ろうとしたのだが、それは花井によって阻止されてしまった。一体、コイツはなにがしたいのだ。わたしの中にひとつ疑問が湧いた。ちょうどそのときくらいから、サッカー部やら陸上部やらの掛け声が聞こえてきて、もう部活が始まったんだなということがわかった。確か花井は、野球部じゃなかったっけ。早く行かなくてもいいのかな、なんてコイツの心配をしてしまったけれど、わたしはすぐにそれどころじゃないことに気づき、口を開こうとした。


「オレ、確かにお前に送ったはずだよな」
「は?なにを」
「メール」


 なにを言い出すのやら、花井はわたしにメールを送ったと告げてきた。わたしの記憶が確かなら、わたしと花井はメールアドレスの交換をした覚えがないし、第一それに話したことだってこれがはじめて(だと思われる)だ。それなのに、いきなりメールを送ったと断言されても。わたしのこの頭の悪い脳味噌じゃ、一生花井が言いたいことなどわかるはずもない。ワケのわからないまま、生返事を繰り返していると花井は真剣な面持ちで、こちらを見つめた。嫌な雰囲気に目をそむけるが、花井はこりもせずにもう一度わたしの名前を呼んだ。


「メール返信してくれねぇなら、直接言う」
「・・・なに」
「オレお前んこと好きだから」


 告白されたのはこれが初めてというわけではなかった。だから、緊張なんてしなかったし、今更告白ごときでドキドキなんてしない。そのはずだったんだけど、な。なんだか花井の真剣な目を見ていると、急に気恥ずかしくなって心臓がドクドク高鳴ってきた。ありえない、ありえない!心のなかで何度も叫ぶけど、この妙な胸を締め付けられる感覚がおさまらなくて、わたしはここから逃げ出そうと考えた。思ってみれば、今日は早く家に帰ってお母さんと一緒に携帯を取りに行かなくちゃならないのだ。こんなところで時間をつぶしている暇なんて、ない。わたしは急いで元来た道を辿って、家路につこうとするが花井がまたもやそれを阻止する。「なんで応えてくんねえんだよ!」と、花井の怒鳴った声が聞こえてわたしは身を小さくした。わたし、どうしてこんなところで、こんなことしてんだろう。今の自分が遠い人物に思えて仕方がなかった。


「オレのこと、馬鹿にしてんのか」
「ち、ちがう。ってか、離してよ」
「メールだって返事返してくんねえし、ここでも返事返さないつもりかよ!」
「だ、だからさあ!わたしだって、花井がわたしのこと好きだったこと今知ったつうの!わたしだって、びっくりしてんだよ!」
「はあ!?オレお前にちゃんとメール送って、」
「わたしの携帯今壊れてて、メールもなんにもできないんだよ!馬鹿!野球馬鹿!ハゲ!」
「んだとコラ!」


 取り乱してしまった。なんとなく、掴まれている右腕を見ると気恥ずかしくなってしまって。相手にとっちゃ咄嗟に出た行動だったんだろうけど、その咄嗟に出たそれに巻き込まれるこっちの身にもなってほしい。わたしはこういうシチュエーションに慣れちゃいないのだ。顔ではすましたようにしているけれど、内心は本当ドキドキの連続なのだ。特に今回の告白、花井の告白はわたしのなにかを貫くものがあった。それがなんなのか、他の男とどう違うのか、と問われればわたしはそれに答えることができないのだが、とりあえず花井は特別だ。わたしをこんな風にかき乱すなんて、すごく性質が悪い。本人、全くそのようなことに気づいていなさそうだけど。


「てゆうか、まず手を離しなさい」
「お前また逃亡する気だろ。返事もらうまで離さない」
「・・・花井って、もっとさっぱりしてると思ったけど、結構ネチっこいのね」
「うるせえ」
「それに結構横暴。ううん、横暴だわアンタ」
「お前も、横暴だろ」
「なによ。アンタほどではないわよ」


 つまらない言い合いがなんとも心地よかった。まだ腕は掴まれているものの、別にそれは不快ではなくて、むしろわたしにとってはうれしいものであった。こんだけ、わたしのこと好きなんだろうなっていうことを証明してくれているみたいで。柄にもなく、そんな乙女チックなことを思ってしまった。どうやら、今のわたしは気が動転していておかしいようだ。これもすべて、全部目の前にいる花井という男のせいだ。絶対そうだ。わたしはキッと花井のことを睨みつけて、言ってやった。「アンタの期待通りの返事なんてないと思いなさいよ」と。強がってしまった。本当はそんなことが言いたいわけじゃないのに。


「わーってるよ、んなの。でも、お前の口から返事聞きてーの」


 真剣にわたしを見つめる花井がかっこよかった。わたしの捻くれた言葉なんて、もろともせず凛とした表情でこちらを見る花井が言葉にできないほど、輝いてみえた。花井のこと、好きになりたいって思ってしまった。


「・・・わたしも、アンタのこと、もっと知りたい、かも、しんない」


 しばしの間をおいて、え!と驚いた花井がなんとも滑稽で、格好悪かった。でも、一瞬にして気が変わってしまうわたしはもっと格好悪いと思った。



( title by 金星 ) Fin.