# 悪魔の囁き 最近、山本と仲良くなった。それはこの前の席替えがきっかけになっているんだと思うけど、とりあえず女子に人気のあの山本と友達になった。山本がわたしの前の席で、わたしが山本の後ろの席。隣同士じゃなくて、前後ろ同士。それほど接点なんてものはなかったけれど、とある国語の授業の時間に先生から配られたプリントをせっせとやっていたときに、山本に「ワリ、後でそれ見せてくんねー?」って言われたのを第2のきっかけだった。どうも山本は、勉強方面が苦手だったらしく(前々から知っていたけど)、隣の席ではない、後ろの席のわたしをなぜか頼りにしてきたのだった。生憎だけどわたしもそれほど勉強方面は得意ではないらしく(どちらかというと不得意)、いつも後ろを振り返る山本に「わたしより、隣の子の方が頭いーよ。」と言い続けたけれど、それでも笑顔で「関係ねえって」って言う山本が、少しかっこよくみえて、どきっとした。こんな風にわたしたちは友情に似たようなものを育んでいった。いつしか山本はわたしの話を聞かされる役となってしまい、部活がないこんな日には教室で放課後を二人で過ごすのであった。 「ね、山本。わたしさ、最近肌荒れてきたと思うんだ」 「そか?」 「そうだよ。原因はさ、わたしにもわかりきってるんだけどさ」 「なら悩む必要なくねーか?」 「ちっちっちー。そんじゃそこらの悩みじゃないのよ」 「ははっ、なんじゃそりゃ」 「わたしの悩み・・・そう、わたしに絶対的に欠けてるもの・・・それは恋!よ」 山本の顔の前に、ビシッと人差し指を突き出した。山本は、いったん呼吸を溜めて数秒たった後に思い切り吐き出して、さっきとは比べ物にならないくらいの声で笑った。人が真剣に話をしているというのにこの男は・・・・と悪態尽いていると、山本がわたしのほうを見て二カッと白い歯を向けた。最初にそれをやられたときは不覚にも、どきゅん!と胸へキューピットの矢らしきものが刺さったけど、今のわたしには免疫がついたようでその山本クンの爽やかな笑顔を無効化できるようになった。ムスっと悪態尽くわたしに山本は笑いながら、わりーわりーと平謝りした。ぜんぜん気持ちがこもってないだろ!と言いそうになった口をいったん抑えて、話を進めるべく、切り出した。 「ゴ、ゴホンっ。なんと言ってもわたしには胸キュンが欠けているんです」 「ムネキュン?」 「ムネキュンじゃなくて胸キュン」 「ほー。で?」 「でね、山本にも協力してほしいのよ!」 「協力?俺にか」 「そう!なんかこう・・・背が高くてジェントルマンで真面目で頭良くてメガネの似合う人を見つけてほしいの」 「ははっ、いまどきそんな奴いねーぜ?夢見すぎ」 山本に真っ向から否定されたわたしの理想。確かに自分でも夢を見すぎなのではないかと思うのだけれど。でもきっと、この学校にも1人や2人くらいこんな感じの男の子は存在するだろう。いや、存在してもらわなければ、こちらが困る。いなかったら、わたしはこの人生一度きりの中学校生活の中で一度も恋ができないというとてもなく不健全な方程式が出来上がってしまうのだから。それに加え、肌荒れは悪くなる一方だ。だからなんとしても、この肌荒れを解決したい。恋がしてみたい。不謹慎かもしれないけど。 「夢見る乙女の底力!受けてみなさい!」 「うんうん」 「(え、このネタ知らないんだ)・・・えーとだからつまり・、山本くんにもわたしの王子様的な人を・・・」 「ふんふん」 「探して、っていうか・・・・見つけてほしいかなー?みたいな」 「ふむふむ」 「ほら、あの今さっきボール蹴ったあの人みたいな感じの」 「ほんほん」 「あ、今スライディングした人でもいいよ」 「はいはい」 「あ!今ゴール防いだ人でもいいけど!」 「へいへい」 「ああ!今さっきPK決めた人でも・・・」 「へえー」 「って、ちょっとさっきから何!話聞いてる!?」 窓の外を見ながら話していたわたしは、当たり前のごとく山本の顔なんて見てないわけで、勢いよく前に向きなおせば、わたしの机の上で頬杖をついていた山本と至近距離で目が合ってしまった。「うお!近っ!」考えるよりも早く、言葉に出してしまっていたわたしは反射的に椅子ごとガタガターっと後ろへ下がった。山本は驚きもせず、わたしの顔を見てまた白い歯を見せて二カッと笑う。わたしが慌てて体勢を立て直し、山本に向き合うと、山本は「ワリ、聞いてなかった」といつものように言った(この男は!)。でしょうねーと嫌味っぽく吐いてから、なんとなく席を立とうとすると山本がいきなりわたしの腕をバッと掴んだ。山本の手は大きくて、力が強くて、一瞬だけど、びっくりした。 「・・・な、なに」 「さ、好きな奴欲しいんだろ」 「そう、だけど」 「だったら、俺のこと好きになればよくね?」 山本の言葉が頭に届くより先に、腕を思いっきり引っ張られた。地面についていた足が途端にバランスを崩して必然的に体勢が斜めになった。状況を呑み込めずにいるわたしをよそに、山本の顔がどんどん近づいてきて、なぜだか知らないけれど山本の口とわたしの口とが重なり合った。あれ、このシーンどっかで見たことあるなーなんてこと、考えている暇さえもらえなくてわたしは山本の胸の中へ倒れこんだ。そして、山本が耳元で「これで肌荒れ解決な」といつものように言うのが、なんとなく遠くのほうで聞こえたような気がした。 Fin. |