# Bon ami! いつも教室の片隅で本を読んでいる長門さん。あまり近くからじっと見ていると変な人って思われそうだから、いつも遠くからこっそりと彼女を見ている。顔に似合わず分厚い本を片手にひたすらそれを読んでいる長門さんは、お人形さんみたいでなんだか絵になる。かわいらしいお人形が動いているみたいで、とてもおもしろい。それ、いつ読み終わるんだろうというわたしの些細な疑問は、本当にどうでもよくなる。だって長門さんはわたしのお姫さまみたいな存在なのだから。本当のお姫さまよりもお姫様な長門さん、長門さん、長門さん。長門さんが可愛くて好き。大好きだ。別に、恋愛感情の好き、じゃなくて。ただただ、純粋に長門さんを見ていると胸がきゅんってしてしまうの。わたし、可愛い女の子には弱いらしいから。だから、長門さんの好きもそれといっしょ。顔を崩さない、無表情な長門さんが好き。今時こんな無表情な子いるのかなあと思ったりするけども、それが長門さんなんだから仕方が無い。たまには他の表情も見てみたいなあとは思うけど、それは絶対ムリそう。なにを言っても、あのポーカーフェイスを崩さないんだもん。だから、わたしの周りではほんの少しだけ長門さんの印象がわるい。無表情でなに考えているかわからない、とか、いつも本読んでいて地味、とか、ただ単に怖い、とか。それはもうひどい言われようだ。わたしのお姫さまなのに。自分の好きな人がそう悪く言われると、やっぱり嫌だなって思う。自分の好きな人は、周りにも好かれていたいって思うじゃない。だから、長門さんもみんなに好かれてほしい。悪い印象なんて持ってほしくない。だって、長門さんってきっと素敵な女の子なんだもの。 「やっだ!わたし、長門さんの隣じゃん・・・」 「あはは、ドンマイ!」 「とことんくじ運悪いねー、アンタ」 どこからともなく、汚い笑い方の女子の声がする。席替えで全体的にがやがやしているが、さっきの言葉一言一句ばっちり聞こえた。長門さんの隣の席がいやだと、わたしにはそう聞こえた。冗談じゃない。冗談じゃない。冗談じゃない!そんなに長門さんの隣の席がいやなら、わたしが代わりに長門さんの隣の席になってやる。そう意気込んだわたしはその汚い笑い方をした女子たちのほうに向かい、「席を交換しませんか?」と怒りを抑えつつも言ってやった。なにも知らない目の前の女子は、びっくりしながらも喜んでわたしに「ありがとう」と礼を言っていた。長門さんの可愛さに気付かないところを見るとこの人たちもまだまだだ、なんてえらそうなことを思いながら、机を移動させた。長門さんの悪口を言っていたことはとにかく許せなくて腹立たしいことだけれど、でもそのかわりに念願の想いが叶った。長門さんの隣の席。一度でいいから、隣の席に座ってみたいなあと夢見ていたのだ。その夢がこうもあっさり叶ってしまって、うれしさ半分、切なさ半分、と言ったところだ、正直言うと。切なさ半分というのは、まあ、長門さんの悪口を言われてしまったことと自分のくじ運で長門さんの隣の席を引けなかったこと、だ。切なさ半分だけど、うれしさのほうも負けてない。うん、全然負けてないな。 「長門さん、隣の席なの。よろしくね」 こちらこそよろしく、とでも言うような頷きをしてくれた長門さん。その行動に感動しながらも、わたしは長門さんをじっくり観察してみる。目の前にして見てみると、遠くで見ていたときよりも数倍は可愛らしい、ということに今さっき気が付いた。目は、クリッとはしていないが、大きい。髪の毛もショートというわけでもないが、短い。髪の毛の色素がうすい。着ているセーターのメーカーってあそこのなんだ。遠くで見るときと近くで見るときで、こんなにも新しい発見が見つかるものなんだなってちょっぴり感動を覚えた。とってもうれしかった。とってもね。だけど、もうひとつわがままを言うならば、長門さんの声を聞いてみたい。確かに長門さんの隣の席になれて、いろんな新しい発見も見つけられて、欲張りすぎなのだけど。でも、あとひとつ長門さんの声を聞いてみたい。長門さんに頼めば、一言くらい言葉を発してくれそうだけれど、でもそのやり方じゃわたしの気がおさまらない。自分の手で、力で、長門さんの声を聞いてみせる。会話をしてみせる! 「ねえ、長門さん。いつも本、読んでいるよね。大体何日くらいで読み終わるの?」 どうだ!この質問に、頷いては答えられないだろう。・・・ちょっと、悪い人のようなしゃべり方だけど、自然にそうなってしまうのだ。そこらへんはカンベンだ。それより、長門さんはどうでる?こうでる? 「・・・あ、そうきたか。・・・なるほど、4日で・・・」 長門さんは、この分厚い本を4日くらいで読み上げてしまうそうだ。そう教えてくれた。もちろん、長門さんが、だ。言葉で答えるわけじゃなく、指で丁寧に答えてくれた。この質問は、口で答えるしかないなと思っていたりしたのだけど。失敗だった。まさかジェスチャーでくるとは思わなかった!でも、これでまたひとつ長門さんのことがわかったような気がする。長門さんは滅多にしゃべらない、ということだ。わかっていたようなことなのだけど、どうやらそこまでわたしは長門さんについてわかっていなかったらしい。やっぱり、実際コミュニケーションを取るのと、取らないのとでは大きく違うのだ。コミュニケーションを通じてわかることがある。きっと、これからわかることがたくさん増えるだろう。そう思うと、胸が弾む。自分でもおかしいくらい、わくわくしている。次はなんて長門さんに聞こう?長門さんの好きなもの?嫌いなもの?いろんなことを聞いて、感じて、わかり合いたい。こんなことを思うわたしは、やっぱり長門さんのことが大好きらしい。 「ねえ、長門さん」 「・・・」 「わたしね、長門さんのこと大好きなんだ」 「・・・そう」 「うん、そう。・・・って、え!?しゃべった!」 「そう」ってしゃべった!今、「そう」って言った!なんだろうか、この達成感!今わたしとってもうれしい。たった二文字だったけど、長門さんがちゃんと口で答えてくれた。わたしの言葉に反応してくれた。言葉を返してくれた。たったそれだけなのにこれほどうれしいのは、なぜだろう。やっぱりわたしが長門さんのことをとってもとっても大好きだから、かなあ。それとも他になにか理由でも?ううん、きっとない。ただただ、それだけなのだ。初めて長門さんと口で会話したこの日、この時、この場所をきっとわたしは忘れない。大げさすぎるかもしれないけれど、今は大げさすぎるほうがいいのだ。だって、そのほうがわたしがどれだけ喜んで、うれしくて、幸せな気持ちがいっぱいか伝わることができるだろうから。他の誰かじゃきっとだめだった。長門さんじゃなきゃ、こんなこと思わない。こんなに胸がいっぱいになることもない。ああ、なんて今日は幸せなのだろう!かみさま、あなたは本当に存在するようなのですね! 「はなぜそれほど驚く?」 「え!?わたしの名前、知ってる!?すっごくうれしいよ長門さん!」 「あなたはとてもユニーク」 「え!ユニーク?わたしが?」 「(コクリ)」 「や、やだ長門さん。照れちゃうよわたし!」 ( title by Canaletto ) Fin. |