# シンプル・シノプシス


 時計を見てみると8時過ぎだった。1時間くらい前から、見たくもない宿題をズラーッと並べて取り組んでいたというのに、全然と言っていいほど進んでいない。効率が悪いのか、はたまたわたしの頭が悪いのか(後者です、って真顔で言いたくないよね)。どちらにせよ、このままやっていてもらちが明かないのは明確だった。だって1時間真剣に取り組んだ結果、進んだページが3ページだったなんて。3ページだったなんて。・・・ありえないだろう普通(問題数によって違うけどもさ)。今にも口から先生へと怒りが飛び出してきそうだ。それくらい、今のわたしの中には煮え切らない想いでいっぱいだ。駄々こねたってどうにかなる、というわけでもないが、これには流石に落ち込む。わたしって予想以上に出来が悪いのだ、と。自分って実力なかったんだ、と。はあー。ちょっと、ショックだ。


「もうやーめた」


 宿題も見るのも嫌になったわたしは(元々見たくもなかったけど)、自分のベッドに思い切り飛び込んだ。いつも一緒に寝ているイチタロウくんが、わたしを見て笑っている。別に嫌味とかお前馬鹿なんだろうとかの、そんな嫌味たらしい子悪魔のような笑いじゃなくて、優しくて暖かくてオブラートに包んでくれているかのような、そんな天使のような微笑みのほうだ。イチタロウくんはわたしを見て、慰めようとしてくれているのだ。そう思うとなぜだか、胸の辺りがきゅっと切なくなって、何かが一気にあふれ出てきた。イチタロウくん、ありがとう!その意味も込めてこれでもかってくらい抱きしめる。ちょっとイチタロウくんが苦しそうだけれども、思い切り抱きしめる。そして、このままの体勢で1時間くらい眠ってしまおうと思って、目を瞑った。


!起きているか!?おい、ー!」


 バッと目を覚ました。抱き枕にしていたイチタロウくんを放り投げて、カーテンの端から外の様子をそっと見てみる。するとそこには先ほど、大声でわたしの名前を呼んだ近所迷惑なヤロウが今にもまた叫びそうな体勢を取っていて、わたしは慌てて窓を開けて小声で、かつ相手に聞こえるような声で「ストッープ!」と相手に静止を求めた。すると、近所迷惑なやつ笹川了平は「おー!!起きていたか!極限にな!」と笑いながらわたしに話しかけてきた。だから、声がでかいって!笹川に言ってもわからないだろうから、そうは言わず「ちょっと待ってて」と言って、わたしは急いで階段を駆け下り、玄関へと向かった。今日は母さんも父さんもいなくて良かった、なんてことを思いながら玄関の扉を開けた。


「ちょっと、笹川!近所迷惑だって!」
「それより!一緒に花火をせんか?」
「アンタ人の話聞いてる!?しかもなんでわたしと花火!?」
「用意は万端だ!極限にな!」
「ちょ、いきなりすぎ!それに、まさか二人とか言わないよね」
「何を言っている!極限二人だ!」
「ま、マジ!いや、冗談やめよーよ!だってわたしら・・・」


 まだ言い終わってないのに、笹川はわたしの手を掴んで「行くぞ!」と言うと急に走り出した。わたしは、え?え?とこの状況に全くついて行けずに固まっているというのにも関わらず、笹川はお構いなしに走り続ける。一体何がどうなってんだか、笹川がわからなくて、自分が走っている意味もわからなくて。色々と頭の中で混乱した。けれど、そろそろ考えるのが面倒になってきたわたしは、とりあえず笹川に全部任せておこうと、そう思い始めた。だが、ちょうど5分くらい走ったところでわたしの息は乱れてきた。「はあ、はあ、はあ、」家からずっとこの笹川のペースで走ってきたんだ、そりゃ疲れてくるのも当たり前だ。5分持っただけで胴上げをしてもらいたい気分だ。


「ちょっ、ささ、がわ、たんまっ!」
「何だ!もう終わりか!鍛えたらんぞ!」
「うるさ、い!い、から、止まれっ」
「仕方がない!」


 とりあえず笹川は止まってくれて、わたしは息を整えるため、大きく息を吸い込んだ(ゼーハーゼーハー)。けれど、なかなか荒い呼吸は直らなくて、待てない笹川はわたしの手を握ってまた走りだそうとする。さすがにちょっと待ってくれ!と言おうとしたら、いきなり視界が回転してわたしの目には笹川の顔ときれいな夜空が、映された。あれ、この状況なんだろう。今回は面倒くさいとか言っていられない。だって、笹川にお姫様だっこされているんだから!


「何してんの!バカじゃんバカ!降ろせー!」
「極限急ぐぞ!」
「あ、ありえない!これありえない!ほんと、勘弁して!」


 笹川がわたしの言葉に耳を傾けるはずもなく、空しくもわたしの声が街中に響いた(わたしも近所迷惑だ・・・)。まさか同年代の人からお姫様だっこなんて恥ずかしい真似、されることは一生ないだろうと思っていたのに、これはたまげた出来事だった。というか、同年代の人じゃなくてもこんな恥ずかしい真似できないだろう。しかも、理由があれだし。花火しに行くだけだし。そんな理由でこんなことサラッとしてほしくない。・・・だって、恥ずかしい。いくら、こんなバカ男でもこーゆうことされるとちょっとトキメク。やばい、トキメモっぽい。



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「着いたぞ!」
「・・・ど、どーも」


 どうやら目的地に着いたようで、笹川はわたしを降ろしてくれた。顔を見るのが恥ずかしくて、俯きながら笹川との距離を取ると、笹川はまたもやわたしをビクッとさせる。


「な、なに!?!?!?」
「っ!こ、今度はなによ・・・」
「花火がないぞ!」
「ちょ、うそでしょ!それじゃあ、わたしはなんのために・・・」
「はっはっは!極限落としたらしいな!」
「笹川・・・あんたって能天気・・・」
「なんだ!もう疲れたのか!」
「そりゃ疲れるわ!(色んな意味で!)」
「よしっ!じゃあ、こっちへ来い!」
「な、なんで」
「いいから、来い!」
「(なんとなく)や、やだ・・・」
「来い!」
「・・・・・」


 仕方ないから一歩ずつ近寄ると、笹川がわたしの肩をぐっと掴んで、わたしと笹川の目がかちあった。恥ずかしすぎてどうにかなりそうだったから、あからさまに顔を俯けると、今度は顔を持ち上げられた。「!」わたしの名前が呼ばれる。いくらコイツがバカだとはいえ、この心臓の高鳴りを押さえることなどできない。これからされること、予想できないわけじゃないもん。チューとかされるんじゃないか、とか色んな考えが頭の中で駆け巡る。だから、そうなのかもしれない。だから、こんなにも恥ずかしいんだ。何も考えなければ、恥ずかしくないのに。どうしよう、顔がすごく熱い。笹川の周りが輝いて見える。これは、末期症状だ。


「俺はお前が極限に好きだ!」



( title by Canaletto ) Fin.