# 道化師の作り笑い 今日はお兄ちゃんの応援に行けなかった。先に友達と遊ぶ約束を入れてしまったからだ。いつもなら、真っ先にお兄ちゃんの応援を優先するところだけれど、今日だけは友達がどうしても!と念を押していうから断れ切れなかった。お兄ちゃんにこのことを言うと、笑顔で楽しんでこい!って背中を押されたけど、きっと内心では寂しがってるんじゃないかなって思った。ヘラヘラ能天気そうだけど、他人に対してすごく敏感だし。優しいし、強がるし。いつも一人で溜め込むタイプだし。はあ、こんなにもお兄ちゃんのことが心配になるんなら、やっぱり無理にでもお兄ちゃんの応援へ行けばよかった。友達にはすごく申し訳ないけど。 # わたしが帰宅したときには、もうお兄ちゃんの汚れた靴が玄関に転がっていて、お兄ちゃんがいることを知ったわたしは真っ先に武と書いてあるお兄ちゃんの部屋へ向かった。ノックをしないでお兄ちゃんの部屋へ入ると、そこにお兄ちゃんの姿はなくて、かわりに使い古した野球のグローブと汚いカバンが隅のほうに置かれていた。一体どこに行ったのだろう。そう思い、家中を探し回ったけれど結局お兄ちゃんの姿はなくて、段々不安になってきたわたしは家を飛び出して、街中を駆け回った。わたしが知っている限りでお兄ちゃんが行きそうな場所を念入りに探してみたけれど、どこにもその姿はなくて、嫌な予感がしてきたわたしは警察に行こうと決心して川沿いを全力で走った。そんなそのときだった。川原にお兄ちゃんっぽい人が一人、ボーっと突っ立ったままどこかを遠目で見ているのを見つけた。急いで駆け寄って、本人かどうか確認もしないまま、わたしは「お兄ちゃん!」と叫んだ。そして、お兄ちゃんはすぐに振り向いてくれた。ひどく、びっくりしたような顔付きで。 「!お前なんでこんなとこに・・・」 「バカやろうー!心配したでしょうが!いつも行き先は言ってから出かけろって父さんも言ってるでしょー!」 「わ、わりィ。すぐに帰ろうと思ったからさ」 「それでも・・・、心配した」 「わりーわりー。んで、サンキューな」 お兄ちゃんはいつものように笑いながら、わたしの頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。それに安心してか、わたしはその場にしゃがみこみ、その辺にあった石ころを川に向かって投げ出した。お兄ちゃんもわたしの様子をみて、その場に座り込んでくれた。少しの沈黙をおいて、わたしが「一体こんなところで何してたの」と問えば、お兄ちゃんは「んー、暇つぶし」と表情を変えずに言った。表情はいつもと変わらない、穏やかなものだけど、でも何かが違う。いつもと纏っている雰囲気が違う。今日のお兄ちゃんは、元気がないみたいだ。わたしには、そう感じた。 「うそ、絶対何かあったでしょ。お願い、わたしにだけ教えて?」 「・・・お前さ、他人に対してすんげー敏感なのな」 「それはお兄ちゃん」 「はは、そっか?」 一瞬笑顔を見せたけれどそれはすぐに崩れてしまって、今度は疲れたような顔をしてわたしのほうを見た。お兄ちゃんのこんな表情を見たことがなかったわたしはとても戸惑った。だってお兄ちゃんはいつだって笑顔で、わたしを元気にしてくれて、野球のことしか考えてないような人だったから、こんな思いつめた表情をするなんて信じられなかった。じっとお兄ちゃんの顔を見つめていると、お兄ちゃんがそっとわたしの髪の毛を撫でた。いつも思うが、お兄ちゃんの手はゴツゴツしていて、大きい。そして、痛い。 「やっぱ、なんでもないわ!」 「はあ!?」 「ちょっと、浸ってみただけ」 「・・・なにそれ」 「はは、わりーな」 やっぱりお兄ちゃんは話をはぐらかした。さっきまであんなにも暗い表情をしていたのに、今じゃこれだ。はは、って笑っている。お兄ちゃんが言いたくないことなんだったら、無理に言えとは言わないけど、やっぱり少しだけ寂しい。こんな妹になんか言えるか、って言われているみたいで。お兄ちゃんはきっとそんなこと思っていないだろうけど、わたしはそう感じてしまった。ああ、なんだかお兄ちゃんに代わって今度はわたしが沈んできてしまった。 「、サンキュ」 「うーん・・・別になんもしてないけど」 「なに拗ねてんだ」 「拗ねてない」 「そう言ってる時点で拗ねてんぞ」 「お兄ちゃんのバカ」 「はは、よく言われる」 お兄ちゃんの優しい声が耳の奥でよく響く。とても心地よい。低くもなく高くもない、微妙なラインだけど、小さいころから聞いている声だからなのか、お兄ちゃんといっしょにいるとすごく安心する。・・・そういえば、この前友達に「ってブラコン」と言われたことを思い出した。自分ではそんなにお兄ちゃん、お兄ちゃんと言っているつもりはないけれど、友達からしたらいつもお兄ちゃんのことしか言ってないそうだ。そのときは、なんだか恥ずかしくて思いっきり否定してしまったけど、今考えてみるとそうなのかもしれない。友達が言っていることはあながち間違いじゃないのかもしれない。だって今日だって、お兄ちゃんのことが心配でたまらなかったし、友達と遊んでいる間もお兄ちゃんが気になって仕方がなくて、いつの間にか見覚えのないものを買っていたし。・・・あれ、ちょっとお兄ちゃんばかりで嫌だな。確かにお兄ちゃんのことは好きだけど。 「、アイス買ってく?」 「おお、いいねー!」 「おっし。じゃあ、その辺のコンビニでも行くか」 「うん!お兄ちゃんの奢りね!」 わたしが笑いながら言うと、お兄ちゃんは「オレ今財布持ってねーんだわ」とふざけたことをぬかした。だったら、最初から言うな!と怒鳴りそうになったけど、今日は怒鳴る気分にもなれなくて、仕方なくわたしがお兄ちゃんに奢ってあげることにしたのだ。 ( title by Canaletto ) Fin. |