# 色落ちる記憶


 暑い。とにかく暑い。人の家に来てこんなこと言うのもあれだと思うが、クーラー買え!!と、無性にそう叫びたくなる。いつもならこんなこと思わなくてすむし、みんながいて楽しいし、これほど退屈することなんてないのだろうけど。だが、今日は生憎みんな予定が入っていて駄目らしいのだ。ツナは家族で買い物行くらしくて、山本は練習試合。ハルは、おとうさんにべんきょー教えてもらうと言っていた。みんなそれぞれ忙しいのだ。忙しくない、暇人といえば、残るわたしとこの家(というか、アパートの一室だけど)の持ち主の獄寺隼人だ。獄寺って一見金持ちそうに見えて、案外ボロアパートに一人暮らしという顔に似合わない生活をしている少年であることをついさっき知った。そういえば、わたしって獄寺と友達っぽい関係だけどこの人についてなんにも知らないなあと、うちわを仰ぎながらふと思った。別に知りたいなんてことは思っちゃいないが、少し複雑だった。ツナや山本のことは結構知っているつもりでいるけど、獄寺についてはなんにも知らない。それが少し気に入らなかった。それだけ。


「あっつい!クーラー!クーラーー!!」
「うっせえ!てんめ、さっきからクーラーと暑いしか言ってねえじゃねえか!」
「あっついもんはあっついのよ!それにクーラーがほしいのよ!」
「だから家来んなっつたろうが」
「だって冗談だと思ったんだもん!」


 唯一の冷房器具である扇風機をわたしのほうに向けて、この風を独り占めする。すると獄寺がまたぎゃーぎゃー騒いできたけれど、そんなの無視して扇風機の涼しい風にあたる。そういえば、扇風機ときくと子供のころよく「ああああああああああああああ!」って扇風機に向かって叫んだものである。それに、Tシャツの中に風がくるように扇風機の上部だけを着ているTシャツで覆って、「妊娠した〜!」と遊んでみたり。ああ、あのころはわたしもウブだったなあと渋々思う。正直、可愛すぎだろうとか思う。・・・やばい、衝動的に昔の遊びをしたくなってしまった。


「獄寺!獄寺!見て!・・・妊娠!」
「・・・・・お前、年齢に合った行動しろよ」
「う、うるさい!それに獄寺だって目の保養になるでしょう。腹チラ」
「お前の貧相な身体見たってなんとも思わねえよ」
「あーそうですかー。どうせ貧相だよ!どうせAカップ止まりだよわたしは!」
「(Aなのか)」


 気に入らない。なんとなく無反応だった獄寺が気に入らなかった。わたしの貧相な身体なんて見たって興奮しないと断言し切った獄寺に無性に腹が立って、わたしは獄寺をにらんだ。こんな女っぽくないわたしでも、好きだと言ってくれたやつがいるんだぞ。そう言うと獄寺はまた平然な顔をして「見栄はるな」とタバコを吹かしながらわたしを見た。そんな獄寺を見てわたしは衝動的にぶっ飛ばしたいと思った。でも、力では勝てないってわかっているからそんな無謀なことはしないが。それにしてもこの男はひどい。わたしを女として見ていない気がする。否、事実見ていないのだこいつは。そう思うと、なんだか悲しくなった。理由なんてわからないけれど。


「いいもん。まな板でもガサツでもいいって言ってくれる人と付き合うから」
「いねえだろそんな奴」
「いるもん!」


 いつにもまして獄寺の言葉がむかついてむかついて、しょうがなかった。口では負けないはずのわたしが今日は獄寺に言い負かされているみたいで、すごく嫌だった。わたしは、うっすら浮かんだ涙をごしごしシャツの裾で乱暴に拭いて、目の前にある扇風機を見た。気を紛らわそうとしたけれど、またうっすらわたしの目には涙が溢れた。どうして泣きたくなるのかわからない。はあ、と獄寺が小さくため息をついたのがわかった。ため息をつきたいのはわたしだ。嫌がらせにわたしも獄寺に聞こえるくらい嫌味なため息をついてやろうかと思ったけれどやめておいた。そういう気分じゃ、なかったから。
 扇風機の回る音だけがこの部屋を支配してわたしは口を固く閉める。そうしたら不意にわたしの名前が呼ばれた。「」って。確かに後ろのほうから。そう獄寺に。


「そんな物好きいられちゃ、困んだよ」


 ぶっきら棒な声が聞こえたと思ったら、いきなり背中にかかる重圧に戸惑った。それが獄寺のものだと理解するのに、1分もかからなかった。



( title by 金星 ) Fin.