# 垂線上のメサイア 新しい歯ブラシ欲しいなー。なんて、ふと思った。洗面台の隅に置いてあるわたし愛用のコップの中に無造作に立たされている歯ブラシを見たら、なんとなくそんな風なことを思った。歯ブラシの原型を既に留めていなかったわたしの歯ブラシを歯ブラシと呼んでもいいのだろうかと、少し気にもなったが。まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、アリエールも切れていたことだし近くの薬局に歯ブラシ共に買いに行くことにした。あそこって何時までやってるんだっけ、なんて、頭で考えながらテーブルに置いてあった財布を手に玄関の扉を開けた。 「あ、獄寺」 「・・・おわっ、!」 ギリギリ閉店前に入り込めたわたしは、奇妙にも同じクラスの獄寺隼人とばったり会ってしまった。獄寺はわたしの顔を見るとすぐさま自分のうしろに何かを隠して、一歩一歩ゆっくりとうしろへ下がっていった。獄寺の不思議な行動にハテナを浮かべながら、獄寺がわたしの名前を知っていたことに今更ながらびっくりする。同じクラスメートだけれど、面と向かって話したことなどなかったような気がしたからだ。それに獄寺は女子をいつもうざがっていたし。なんとなく、うれしくなった。 「何、隠したの」 「べっ、べつにテメーにゃ関係ねえだろ」 「関係ないけど、あからさまに今隠したでしょ」 「人に自分が買ってるモン見られたくねえんだよ!」 「ふうん、それだけ?」 「他に何があんだよ」 どこか納得いかないような、腑に落ちないような部分もあったがこれ以上追求することはやめにしておいた。なんせ獄寺は、獄寺だからといって他の男と大差変わらないのだから。獄寺だって思春期の男だもん。なんか変なものの一つや二つ、買っていてもおかしくない(ここ、薬局だけど)。だから、見なかったことにしよう。聞かないことにしよう。自分の心の目を閉じて、もう一度獄寺を見た。学校で見るときより、なんとなくまわりが輝いているように見えるのはきっと獄寺が私服だからだろうか。やはりかっこいい男が着る服は、格好良い。わたしの目には、毒だ。 「つーか、お前はこんな時間にこんなとこ来て、どんな買いものする気だ」 「あら、人の買うものを聞くのはいいのかな、獄寺くん」 「・・・・・・」 「うそ、そんな顔しない。わたしはただアリエールと新しい歯ブラシを買いに来ただけ」 「ふーん、そうかよ」 「アンタ、自分から聞いておいてその冷たい反応はなんなの」 どうでもいいような返答が返ってきたもんだから、少しだけムッとしてわたしは自分が買うべきものを次々と選び取って、レジのほうへと向かった。レジを済ませるとわたしはキョロキョロと店内を見渡して、獄寺の姿を探した。まだ店内に残っているはずだと思ったんだけど、わたしの目に獄寺が映つることはなかった。残念そうにため息をついて自動ドアの前に立つと、ドアが両サイドに開いた。獄寺はもう帰ってしまったのだろうか、なんてことを考えながら歩いていると後方から「おい!」と、声を掛けられた。 「・・・獄寺、帰ったんじゃなかったの」 「べ、別にお前を待ってたとかそんなんじゃねえからな!」 「聞いてないよ、そんなこと」 「・・・。・・・とにかく、帰んぞ」 「あ、うん。・・・じゃあ、また明日獄寺」 獄寺にわかれを告げるとまた後方から「おい!」という声がして、そして、腕をぎゅっと掴まれた。獄寺の大きな手がわたしの腕を掴んでいるんだ、って考えたらなんだか気恥ずかしくなった。男に腕を掴まれることなんて、そうそうないからかな。すごくドキドキした。 「お、お前も一応女なんだし、めんどくせーけど送って、やる」 「・・・お前じゃなくて、だよ」 獄寺がズンズンとわたしの前を歩き出した。獄寺の後姿を見ながら、このドキドキが他のだれでもない獄寺だからこそだといいな、なんて、自分でもおかしいと感じるほどバカなことを考えながら、獄寺と一緒にこの暗い夜道を歩いた。 ( title by Canaletto ) Fin. |