# 神様が流した涙


 涼宮ハルヒは不機嫌らしい。
 理由はまだわからないけれど、顔とその周りのオーラを見れば嫌でもわかった。涼宮ハルヒは、とても、とても、不機嫌なのだと。そんなハルヒを見てしまったわたしは、どうしていいのかわからず部室のドアの前で立ちすくんでいた。そして暫しの沈黙の後、わたしはハルヒに挨拶をするのだが、不機嫌なハルヒはうんともすんとも言わない。完全になにかにムカついている、とそう感じた。気まずい雰囲気に戸惑いながらも、わたしはハルヒから離れた席につく。こんなどうしようもないときに限って、誰もいない。いつも誰よりも早くこの部室に訪れる有希さえ、今日はまだ来ていないのだ。有希がいてもいなくても、気まずいのは同じなのだが、それでも今は有希の存在があって欲しかった。いつもの席にじっと座り込んで、静かに本を読んでいて欲しかった。なのにどうして、なんで、こんなときに限っていないんだ。部室には、今話した通り、わたしと不機嫌なハルヒの二人しかいないのだ。
 「ハルヒ」。ハルヒの名前を、小さな声で、呼んでみる。相変わらず、言葉は返してくれないものの、反応はしていてくれている。わたしがハルヒの名を呼んだとき、眉がピクッと動いたから。ちゃんとわたしの話は聞いてくれているんだと安心して、小声のまま、話を続ける。「なにか、あった?」、そう問えば、やっとハルヒの口から言葉が飛び出てきた。「別に、アンタには関係ないわ」。ぶっきら棒にそう言うと、ハルヒは立ち上がって窓の外を見た。さっきより空気が重くなっている気がするのは、きっと気のせいではない。わたしの一言一言が、ハルヒの不機嫌度を確実にアップさせているのだ。もしかして、わたしは今ハルヒの前にいない方がいいのかもしれない。そう感じて、静かに席を立ち、ドアノブに手をかけた。





 その瞬間、ハルヒがわたしの名を呼んだ。なにか思いつめた表情で、わたしのことをじっと見据えて、わたしの行動を停止させる。わたしもハルヒと同様に、ハルヒの目をじっと見つめた。沈黙を破ったのは、わたしじゃなくハルヒの方だった。ハルヒが重い口を開けてこう言う。「昨日、キョンとなにしてたの」、と。その「キョン」というキーワードが出た瞬間、わたしの身体からは冷や汗みたいなものがぶわっと溢れ出した。・・・ハルヒに、ハルヒに見られていたんだ、と直感した。わたしは、話をはぐらかすように「別に、なにも」と言いくさった。そんなわたしの態度にムカついたのか、ハルヒは机をバンッと思い切り叩いて、大声で怒鳴り散らした。            「あったわ!!!」            初めて聞くハルヒの怒鳴り声にビクッと背中が、身体が震え上がった。ハルヒの不機嫌度数は、どうやら限界に達したらしい。


「昨日とキョンがいたわ!お洒落な店で二人で笑い合ってた!なにもないわけないじゃない!」
「ごっ、・・・ごめ、ん、ハルヒっ・・・」
「わたしは嫉妬した!自分でもおかしいくらい嫉妬したわ!」


 ハルヒが怖くて、怖くて、わたしはぎゅっと目を瞑った。「わたしは嫉妬した!自分でもおかしいくらい嫉妬したわ!」、ハルヒの叫ぶ声が、部室中にキーンと響き渡る。あれほど、みくるちゃんや有希、古泉くんに、キョンとはくっつき過ぎずにねと注意されていたのに。ハルヒに見つかってはダメだと念を押されていたのに。なのに、わたしはなんて馬鹿なのだろう。自分がとても嫌になった。要領も頭も、なにもかも悪い自分に、とても、とても嫌悪感を抱いた。ハルヒはこんなわたしにもっと、もっと嫌悪感を抱いていたかもしれない。殺したいくらい、ムカついていたかもしれない。そう考えただけで、背筋がゾッとする。ハルヒに串刺しにされているような感覚が、した。


「嫉妬したのよ!二人に!キョンに!」
「ど、して、キョンに・・・」
「ムカつくのよ!当たり前のようにと歩いて、話しかけて笑いあって!」


 ハルヒの言うことがイマイチ理解できなかった。ハルヒの一言一言を聞くたび、どんどん謎が深まって、頭が混乱して、さっきよりより一層理解できなくなった。ハルヒが、一番憎悪を抱いているのはわたしのはずなのに。でも、この話の流れから行くと、ハルヒはキョンに嫉妬していることになる。でも、ハルヒが嫉妬して憎悪を抱いているのは、このわたしじゃないのか。ううん、絶対絶対、このわたしのはずなのだ。なのに、どうゆうことなの。なんで、キョンに。なんでキョンの名前を言うたび、そんな醜い顔をするの。


「消えればいいのよ、あんな奴なんか。消えてなくなればいい」
「ハルヒ、どうして・・・。ハルヒは、キョンのこと・・・」
「あんなやつの名前なんか呼ばないで頂戴!」
「ごっ、ごめん、なさい」


 このどうしようもないほどの憎悪は一体誰に向けられているのか、全然わからなかった。ううん、気付かない振り。


「どうしてキョンだけが、と笑い合えるの!?どうして、一緒にデートできるの!?」
「・・・・・」
「わたしだって、したいわ!と一緒に笑って、デートして!」
「・・・ハルヒ」
「でもできないのよ!こんなの、常識外だもの!こんな、感情、あっちゃいけないもの!」
「ハルヒ」
「わたしは女よ!女なの!」
「ハルヒ」
「女よ確かに女!でも、でも、好きになっちゃったんだから仕方ないじゃない!」
「ハルヒ、泣かないで」
が好きで、たまらないんだから、仕方ない、じゃない!」


 ハルヒのこの感情は間違っているのか、それとも正しいのか、わたしには正直わからない。けど、けれど、わたしは少なくともこんなハルヒを支えたいと思った。ハルヒのこのわたしへの溢れんばかりの想いに、精一杯応えたいと強く、強く思い、願った。女同士だけれど、常識外だけれど、それでもハルヒが一緒ならいいとわたしは思ったのだ。ハルヒがこんなにも苦しむのなら、いっそわたしも一緒にその道を選ぼうと、思ったのだ。ハルヒだけ、ひとりぼっちじゃ、かわいそうだもの。だから、わたしがいっしょに。


「ハルヒ、ちゃんと顔を見せて」



Fin.