# 春のさえずり


 3月上旬のあるお昼休み。3月になったからと言って、たいして暖かくなったわけでもなくて、この冬大いに活躍してくれたカイロをわたしは今もまだ手放すことができず、常備していた。まだ冬のなごりを感じさせる冷たくて寂しい風がわたしとわたしの隣に歩いている叶修悟の横をすり抜ける。二人合わせて「さ、さむっ!」と言えば、風は止んだ・・・というわけでもなく、今もまたびゅうううとわたしたちの顔の横を通っていった。なぜこんな風が冷たい日にこうして二人歩いているかと言うと、隣にいる叶が「、今日は外で食うぞ」と言ってわたしを無理やり外に連れ出したからだ。いつもは教室で、お昼を済ませるはずが叶のわがままのせいで、外で済ませることになってしまった。寒いの苦手だって何度も何度も言っているのに、それを聞いてはくれないのだ。人の話を最後まで聞かない叶には放課後、高いアイスクリームをおごってもらわなくては。(寒い中、食べるアイスは絶品。寒いの嫌いだけどね。)そんなことを考えながら歩いていると、叶が急に立ち止まって、「ここで食うぞ」と言いドスンと座り込んだ。


「なんでわざわざこんなところでお昼食べなきゃいけないの」
「教室、暖房効きすぎなんだよ」
「・・・二人だからって、襲ってこないでよね」
「ぶほっ!ばっ、ばっ、ばか言ってんじゃねえよ!襲うか学校で!」
「いや、これジョークジョーク。本気にしないでよ叶」


 お茶を思いっきり吹いた叶に呆れながらも、持っていたタオルで濡れた部分を丁寧に拭いてあげた。子供みたいなところは、やはり高校生になってもまだ残っているようだ。そんな小さな子供みたいな部分をまだ持っている叶が妙に可愛くって、少し頬が緩んでしまった。「なに笑ってんだよ」叶がそれを見てか、不機嫌そうにそう言ったが、わたしは何も言わずに黙ったままだった。拭き終わり、わたしが「よし、きれいきれい」と言うと、少し頬を紅く染めながら叶から感謝の言葉が聞こえた。本当に小さく、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで「サンキュ」と言ったのだ。それがまた可愛くて可愛くて、反射的に叶の撫で心地の良い頭をよしよしと、お母さんにでもなったような気分で優しく撫でてあげた。(「もう吹いちゃだめよ!」「なにがダメよ、だ!つうか、お前のせいだろ!」)そして、弁当袋の中からピンクの可愛らしい弁当箱を取り出し、やっと食事をし始めた。


「ねえ叶、これ食べる?」
「げっ、なんだその黒い焦げた物体は」
「たまご焼き。わたしの力作だよ」
「たまご焼きっつうのは、もっと黄色だろ!」
「黒も黄色も元は同じなの!それに味は保障する」
「いらねえよ」
「こら、修。好き嫌いはダメだっていつも母さん、言ってるでしょう?ほら、あーん」
「誰が母さんだアホ!しかも、あーんってなんだよ!(恥ずかしい!)」


 頬をさっきより紅く染めている辺りを見ると、叶もまんざらでもなさそうだ。きっと、素直に「あーんしてください」って言えない時期なのだと解釈した。別にわたしだって、恋人っぽく「ほら、ダーリンあーんして?」と言いたいわけでもない。まあ、アレだ。この「あーん」は成り行きでなってしまった「あーん」で。なんというか、別になんの意味もないし、なんの意識もしていないし。つまり簡単に言うと叶が一々いろいろなことに反応しすぎなのだ。付き合っていたら、こんなことくらい日常茶飯事だろう。抱き合うのもキスするのも、こうして「あーん」するのも、当たり前なのだ。別にわたしは怒って言っているわけではない。むしろ、いろいろな叶の反応に、きゅんってなってしまって心臓がおかしくなっているだけだ。もういっぱいいっぱいでパンクしてしまいそうなのだ。そう、叶が可愛くて可愛くって仕方ないだけなのだ!
 そんな可愛いわたしの彼氏に、自分で作ったたまご焼きを食べてほしいと思う、わたしの心理にきっと間違いはない。見た目は黒くてなんの未確認生命物体?て感じの出来栄えだけれど、味はきっと良いはずだ。なんせ、わたしが叶のために真心込めて一生懸命作った力作なのだから。それにどこぞやの少女も言っていたはずだ。料理は真心だって。真心込めりゃ、大体のものは美味しくなるって言っていたもの。チャングムとか言う、とても可愛らしい少女からわたしは料理の基礎を学んだのだ!(「だから、あーん!食べるの叶!」「・・・しゃあねえなあ」)


「(むちゃむちゃ)・・・・・・ん?」
「ふははははは!どうよ叶!美味しいでしょ?」
「ふはははって・・・。まあ、見た目はアレだけど、案外美味い方」
「美味い方って、叶は本当素直じゃないなあ。ほら、もう一回ちゃんと言ってみなさいよ」
「なにをだよ」
「わたしのこと一万年と二千年前から愛してる、って」
「んな!なんでだよ!なんでこのタイミングなんだ!?(しかも今更そのネタ!)」
「八千年過ぎた頃からもっと恋しくなったって、ほらほら」
「お前、いろいろなものに影響されすぎだぞ!」
「なによ。わたしに告白したとき、お前が好きだ!て叫んだくせに」
「う、うるせえよ!ソレはソレで今は関係ねえだろ!」
「叶、わたし言えるよ?叶のこと大好きだって」
「あ、ああ、あほか!」
「本当、素直じゃないなあ叶は」


 わたしに面と向かって「好き」と言えないし、彼女の作ったたまご焼きすら素直に「美味しい」と言えないし、もう本当可愛くない彼氏だけれど。でも、そんな叶が好きで好きでたまらなくなって、たくさんの好きが心のなかに積もっていく感じがする。こんな風が吹く寒い日に外に連れ出したのだって、きっとわたしのためなのだろう。昨日無意識のうちに呟いたわたしの一言が原因だ。(「最近、叶忙しそうだね」)そこまでわたしに気遣ってくれている叶は、素直じゃないけれどとても優しい。とても優しくて暖かくてわたしはすっごく好きだ。好きだと感じるから、言葉に表す。うん、とっても素敵なこと。叶に好きと言われなくても、それだけでもうれしいことだ。



「ん?」
「お、俺もと、同じ気持ちだからな!」
「・・・知ってるよ、そんなこと」



Fin.