# 猫の遠吠え ミーンミンミンミーン。耳障りなせみの声が窓の外からせわしなく聞こえる。親からは8月になるまでクーラーは絶対付けるなって言われているから、今のわたしの部屋は蒸し風呂状態だ。儚くも一台の小さな扇風機がわたしの部屋を癒そうと努力しているようだったが、それは全くの逆効果で、暖かな風が部屋中を駆け巡るばかりだ。そのことをわかりながら扇風機を付けっぱなしにしているのは、やはり少しでも涼しくなるようにという願いを込めてのことだ。窓を見てみると、はしっこにちょこんと付けてある今年新しく買った風鈴が、揺れもせず空しく吊り下がっている。それを見るとなんだか余計暑さを感じた。お天道様はお天道様で、心地よい風を吹こうとはしてくれないらしい。 「あ、アイスー・・・・」 助けを求めに冷蔵庫へ向かった。確か昨日買ったガリガリくんがあるはずだ。そう思って冷蔵庫を探る。冷蔵庫の冷気に癒されながらも、探る。・・・ない。これは誰かに先を越された。というか、わたしのガリガリくんを横取りされてしまった。ああ、くやしい。涙が出る。どうせ、お兄ちゃん辺りが勝手にわたしのガリガリくんをむしゃむしゃと食べつくしてしまったのだろう。あの醜い顔でガリガリくんをむしゃむしゃと・・・。そう思ったら無性に腹が立って、冷蔵庫をドンと力強く閉めてしまった。おかあさんのガミガミと口うるさい声が聞こえる。暑さのせいかいつもの倍以上にイライラする。このままではわたしはこの暑さと過度のストレスにより倒れてしまう。そんなとき。 「あ、」 幼馴染の修悟から救いのメールが来た。「今から家来い」お前はわたしの夫か、と思わず突っ込みを入れてしまいそうになるほどえらそうな短文。命令に従うのは癪だったけど、こんな暑苦しい家よりはマシだなと思ってわたしはすぐに家を飛び出した。 # 修悟の家に行くとおばさんが笑顔で出迎えてくれた。いつものように勝手に上がって勝手に修悟の部屋へノックもせずに入ると、ムスッとした顔の修悟がこちらを向いた。修悟の部屋は思ったとおり、クーラーが効いていて、さっきまでのイライラがスーッと身体から抜けていくような感覚がした。ああ、やっぱりいいなクーラーは。そう思い直して、ドスッと修悟を退けてベッドに座り込むとさすがに怒ったのか修悟はおい!と声を荒げた。すまんすまん、と一応謝ってみたけど気に入らないのかバシッと頭を殴られた。結構、痛い。 「で、なんでわざわざ呼び出したの」 「別に。なんとなく」 「あんたはなんとなくであんなえらそーなメール送るのね」 「お前も普段あんなだろ」 「ばか。もうちょっと可愛げあるわよ」 「お前に可愛げなんてゼロに等しいけどな」 今度はわたしがイラッときたから修悟の頭をバシッと叩いてやった。修悟はなにしやがんだテメー、とでも言いたそうな顔をしてわたしを睨んだ。わたしはフンと知らぬ顔をすると、修悟は諦めたのかそこらへんにあった漫画を読み始めた。呼んでおいてその態度か!ともっともなことを思ったけど、わたしもわたしで図々しかったしあまり気にしないでおこうと、ベッドの隅に置いてあった漫画を手に取った。・・・ああ、これ前にも見たやつだ。 「・・・つか、」 「ん?なに」 「お前、柊になんか言われた?」 「なんか、ってなによ」 「わかんだろそれくらい」 「告白されたって聞きたいの?」 「!べ、べつにそんなんじゃねぇよ!」 「ふうん。じゃあ、教えない」 どこからそんな噂を聞くのやら。・・・まあ、同じ野球部なんだし、告白したー振られたーっていう情報は嫌でもすぐに耳に入って、わかることだと思うけど(野球部ってそんなプライベートなことまで筒抜けだから、プライバシーもクソもないよね。)。それに柊にわたしがどう返事したってわたしの勝手で修悟には全く関係ないし、別にそんなことわたしに聞かなくても修悟なら知っていそうなことだし。だから、わたしは答えなくていい。それじゃあ、どうして修悟がわざわざわたしに聞くんだろうか。・・・まあ、あまり気にならないけど。 「んだよソレ」 「別に修語が知ってても得するようなことじゃないしね」 「んなのわかんねーじゃねえか」 「だって、修悟にはあんま関係ないでしょ」 前に読んだところを繰り返し見ながら修悟と会話を続ける。そうしたら、ふとした瞬間修悟との会話は途切れた。あれどうしたんだ?と思って、一度名前を呼んでみる。「修悟?」・・・返事がない。自分から話題を振っておいて、なんなんだこの態度は。そう思って、もう一度名前を呼ぼうとしたら修悟がいきなり立ち上がった。今度はなにをする気なんだろうと思って修悟をじっと見ていると修悟は振り向いて、なにか言いたそうな顔をした。なかなか言わないからわたしが「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」と言うと、修悟は声を荒げた。 「じゃあ言うけど!関係ねぇとか言うな!」 「は?なにそれ」 「つうか、俺にすげえ関係あるじゃんか!」 「・・・まだ柊のこと続いてたの?」 「ったりめーだバカヤロウ!柊がお前に告白したって昨日知ったんだよ!」 「そうなの?わたし、柊に告白されたの一週間くらい前の話だけど」 「知ってる!つか、告白されてんならまず先に俺に言えよ!」 「あんたはわたしの夫か。それにいちいち、告白されました!って言うのもイタイでしょ」 「いいから、これからは言え!そして、俺の断りなしに返事をするな!」 「あんたは過保護すぎる親か。いちいち報告するのめんどくさいわ」 「じゃあ、俺にワン切りでいいから電話入れろ!いいな!」 そう言うと満足したのか、またさっきと同じように座り込み漫画を読み始めた。わたしの返事を聞かずに納得するところがまたなんとも亭主関白っぽくて、気に入らない。だけども、なんとなく修悟の気持ちが伝わってきたので、素直にうんと頷くことにした。というか、わたしが告白されることなんてこの先ないと思うんだけど。・・・あ、やっぱり一回だけあるかもしれない。目の前にいるこの意地っ張りから。自意識過剰すぎるかもしれないけどね。 Fin. |