# 冬に生きる花


 先生の声が聞こえる。わたしの言うことも聞かないで、自分の意見だけズラズラ並べて、きれい事ばかりを並べて。そして散々自分の言い分を言い終わったあとは、いつも、こう。「もっと自分を見つめなさい。自分のレベルを知りなさい」。わたしの人生なんだから、わたしが決めたことなんだから、他人の貴方にごちゃごちゃ言われたくない。そんなことを言ったら、先生はひどく歪んだ顔をしてわたしを怒鳴るんだろう。きっと、きっと、怒鳴りつけるんだろう。自分の正しい言葉だけを並べて、わたしをそっちへ引き込もうとするんだろう。そんなの、わたしは嫌だ。こんな学校なんて、絶対行かない。死んでも行ってやるもんか。
 先生のうるさい口が止み終わった。そして、わたしの方を向いて、「また明日ちゃんとした返事を聞かせなさい」と白々しく言った。その言葉にわたしは何も言わず、黙り込んだ。先生がいなくなったことで、この殺風景な教室がしんと静まり返る。外を見ると、もう暗くなりかけていて、おまけに雪までちらついているようだった。だから、こんなに寒かったんだ。妙に納得したあと、席を立って教室を出た。とぼとぼと、いつもの階段を一人でおりる。廊下は、教室よりもさらに冷え込んでいて、ブルッと寒気がした。手袋持ってくるんだった、と後悔しながらも、ゆっくりと階段をおりた。そして、ちょうど職員室を通り過ぎたとき、目の前から、見慣れた男子生徒が特別教室からひょっこりと姿を現した。もしかして、コイツも進路のことで先生と話していたのかも。そう思って、声をかける。「三橋!」久しぶりに聞いたような三橋の声に、なぜだか懐かしさを覚えた。


「う、あ、、さん」
「(さん・・・?)何アンタも進路相談?」
「う、うん」
「へえ。ってことは、三橋もどっか行っちゃうんだ」
「え、!あ、え、っと、え、っと・・・」


 わたしの質問に対して、三橋はモジモジし始めた。もしかして、どこか違う高校へ行くこと、誰にも知られたくなかったのかもしれない。どうしてそんなこと思うのか、わたしにはさっぱりわからなかったけれど、三橋がそう思うのなら仕方のないことだ。「誰にも言わない。内緒にしとく」。だから、こうやって声をかけてあげたら、三橋は安心したような顔をして、途切れ途切れに「ありがとう」とわたしに言った。わたしの知っている昔の三橋じゃなくなったけれど、なぜだか懐かしい。そういえばわたし、昔は三橋のこと廉って呼んでいたっけ。今じゃ、苗字呼びだけど(三橋なんて、苗字+さん付け)、わたしたち結構仲が良かったんだよね。あのころとは、違うな。三橋も、わたしも。


「三橋、久しぶりに一緒に帰る?」
「いっ、いい、の?」
「誘ってるんだから、いいに決まってるでしょ!」


 わたしがそう言うと、三橋はにへ〜と嬉しそうな顔をした。マヌケな顔!内心で、クスクス笑いながら三橋のことをじっと見つめた。外に出てみると、思ったよりも風が冷たくて二人してビクッと震え上がる。さ、寒い・・・。やっぱり、手袋は用意しておくんだった。同じようなことを思いながら、門をくぐった。そして、その後すぐに三橋が寒さに耐え切れずに、はっくしゅん!と結構大胆なくしゃみをした。わたしが笑ってみせると、三橋は恥ずかしそうに俯いてまたモジモジし出した。・・・やっぱり、三橋変わったなあ。


「ねえ、三橋はどうして他の高校行くの?」
「そ、それ、は、その、」
「だって、ここってエスカレーター式で、楽じゃん」
「う、うん。だ、だけど、ッ!」
「あ、いや、別に言いたくなかったら、言わなくてもいいんだけどね」
「ご、ごめん、!」
「いーよ。てゆうか、わたしも違う高校行くんだよ」
さん、も?」
「うん。だって、わたしずっとこの学校だもん。つまんない。退屈」
「そっ、それ、だけ・・・?」
「十分よ」


 そんなこと、先生や親に言ったらビンタ100回喰らっても足りないだろう。だから、三橋にだけにこっそり教える。わたしが感じていること。思っていること。


「だって、ずっと同じなんだよ。景色が、ずっと」
「う、うん」
「今までだって、同じだったのにこれから3年間また同じ景色を眺めるだなんて、わたしは絶対に嫌」
「ど、して?」
「だから、つまらないから」
「(よく、わか、わから、ない)う、うん」
「・・・さっきよくわからないバカヤロウ的なこと考えたでしょ?」
「そッ、そんなこと、!(エ、エスパー!!)」
「ふふっ、じょーだんよじょうーだん」
「(な、んだ。冗談、か!)」
「・・・でもまあ、三橋にはわからないことかもしれないね」
「え?」
「息苦しいのよね、この街やこの風景が。逃げ出したいのよ、ここから」
「(な、泣い、てる?)」
「なんか、閉じ込められているみたいで、嫌なの。だから、他のところに行って、元通りになるの」
「(泣いて、なかっ、た!)も、と、通り?」
「そう、元通り」
「(や、っぱり、よく、わからない。さんは、何を、思って、るのかな?)」


 夕日が沈んで、辺りは真っ暗になった。道の端っこにポツンとただづむ街灯だけが、辺りを照らしてくれて、それ以外の光はなかった。その光を頼りに、とぼとぼ二人で家路につく。雪が降り積もったせいか、一歩足を進めるごとにきゅっきゅっ、と地面を鳴らした。雪を踏む感触って、なんだか癖になる。そんなことを思いながら、一歩ずつ一歩ずつ確実に前に進んだ。すると、今まで黙り込んでいた三橋が急に声を出した。「・・・じゃなくて、、ちゃん!」久しぶりに、三橋にそう言われた気がした。名前呼び、なんていつ以来だろう。記憶が混雑して覚えていないけれど、とても懐かしい。慌てて、三橋を見る。暗くてよく見えないけど、精一杯な気持ちが伝わってくる。・・・3回目?かな。やっぱり、三橋は変わった。


「なに、いきなり」
「お、オレッ!昔の、ちゃんも、好きだった、けど、今のちゃんも、スキッ!だよ!」
「・・・なにそれ。告白?」
「え、!あ、いや、その、」
「・・・ぶっ!はははッ!何よモジモジして!三橋ってやっぱいいキャラしてるわね!」
「(わら、われた、!やっ、ぱり、迷惑、・・・!)」
「わたしも、好きよ。三橋のこと。・・・じゃなくって!廉のこと!」
「う、え?」
「マヌケな顔しない!ほら、早く帰ろ。凍え死んじゃうじゃない」


 そう言って、わたしは駆け出した。廉もわたしの後を追うかのように走り出す。そうしたら、後ろのほうで廉が、ドッスン!と何かに躓いてずっこける音がした。慌てて後ろを振り返ってみると、泥だらけになった廉の姿があった。鼻に雪を付けながら、いつものようににへ〜と笑う廉の姿が。



( title by 金星 ) Fin.