世界がうつくしいものだとしたら



 今日は授業がいつもより早く終わったので、わたしは急いで彼が通う羽ヶ崎学園へと足を運ぶ。久しぶりに彼と会う高揚からなのか、自然と足が前へと進む。彼、古森拓は元気で学校へ通っているだろうか。いくら毎日数分の電話で声を交わして、「元気にしてるの?」「うん、元気だ」なんて会話をしても、実際はどうかわからない。顔を見て、目を見て、ちゃんと彼が笑っているところを見なくちゃ。
 学校の校門に着くと、ちらほら友達同士で帰っている女の子たちや微笑ましいカップルたちが、何度もわたしの前を通り過ぎた。そんな光景を見て、わたしはふと思い出す。わたしもこんな時期があったんだなあ、と。まだ1年も経っていないというのに、もう随分前のように感じられる。あれから、春が過ぎて、暑い暑い夏が来て、拓と出会った2度目の秋がやってきた。風は少しひんやりとしていて、わたしの鼻を何度も掠める。でも、なんだかそれもいとおしい。こうやって、校門の前に立って彼を待っていると高校生時代のことを鮮明に思い出すから。いとしくて、たまらない。


(拓、きっとびっくりするだろうなあ・・・)

 数十分、その場に立ち尽くしてふと視線を前に上げてみれば、遠くのほうで確かに拓が数人の男の子に囲まれながらこっちへやってくるのがわかった。「拓っ!」って、思わず手を振り上げてしまいそうになったけれど、いけないいけないと首を横に振ってじっとした。どんどんとわたしの瞳に彼の顔が映って、その表情がほかのなんでもない、笑顔だったことにわたしは心底嬉しくなって、頬を緩めた。どうやら、彼はわたしが思っている以上に周りから愛されているらしい。それは嬉しさと同時にほんの少しの寂しさを漂わせる。わたしの知らないところで、拓は確実に変化していっている。その変化を近くで見られないのが、とても寂しい。でも、もっと寂しいのは、わたしも知らない拓を他のみんなが知っているということ。それが、寂しくて、少し悔しい。
 でも、そんな気持ちも拓はすぐに吹き飛ばしてくれるのだ。わたしの顔を見た瞬間、全部を投げ出してわたしの元へやってきてくれる。息を切らして、全力でわたしの元へ駆けてくれる。それが何より幸せで、わたしは拓に愛されているんだと認識することができる。


「はあ、はあ、はあ、・・・・い、いつから、待って」
「ついさっきだよ」
「オ、オラまさか君がいるとは思わなくて・・・」
「へへ、びっくりしたでしょう?」


 拓は、息を整えて額から流れる汗をごしごしと拭うと、わたしの目をしっかりと捉えた。そして、「うん、びっくりした」と微笑んだ。後ろから、「古森せんぱ〜い!」という声が聞こえて、わたしと拓は声のするほうを見やった。すると、拓の友達が拓のかばんを持ち上げて「かばん!かばん置いてってどうすんですか!」と言った。拓は、「いけね!」と言って慌ててそのかばんを受け取る。そんなやり取りを見て、ふと頬が綻ぶのが感じられた。こういうの、いいなあ。わたしが拓の後ろでくすくす笑っていると、もう一人の友達がわたしを見つけて「あ!噂の彼女さんだ!」と声を上げた。もう何度も会っているというのに、拓の友達はなかなかこの言い方をやめてくれない。いや別に、いやなわけじゃないのだけれど。なんとなく、こう恥ずかしいというか。むずむずするというか。
 ほら、拓だって。頬をほんのり紅く染めている。やっぱり、恥ずかしいんだ。わたしも、ちょっぴり恥ずかしいよ。


「ほら、オラはさんと帰るからお前らはさぎに帰ってろ!」


 拓にそう言われてつまらなさそうに「は〜い!」と返事をすると、また学校へと戻っていってしまった。きっと、バスケかサッカーをしていくのだろう。わたしたちは彼らを見送ると、互いに顔を合わせてふふっと笑いあう。そして、拓がわたしの前に手をそっと差し出してくれる。わたしはその手に自分の手を重ねるときゅっと離れないように握った。それに応えるかのように、握り返されてわたしは思わず拓の顔を見る。「せばあ、行こう」と顔を紅くして言った拓に、わたしは「うん!」と首を縦に振った。