# オリオンのかんむり 夜風に当たりたいと唐突に思った。ああ、それならふらふらコンビニにでも行こうとも。 黒い長方形型のテーブルの上にポンと投げ出されていた自分の財布を、ジーパンの後ろポケットに突っ込んで玄関へ向かった。履き古したスニーカーを踵で踏み付けながら扉を開けた。時刻は午前二時を過ぎていた。当然のことながら、周りに灯りなどなかった。どこもかしこも寝静まっているようで、灯りという灯りは、道の脇にひっそりと佇む街灯だけであった。チカチカと、今にも消えそうな灯火だった。 でもただ漠然に真っ暗だとは感じなかった。視線を上げてみると、空にはいくつもの星がぽつぽつと光を放っていた。 # 特にコンビニに用があるというわけではなかったが、一通り店内をぐるりを回って、スポーツドリンクと適当な菓子パンを2、3個手に取った。もちろん今から食べるわけじゃない、これは明日の朝食分だ。 会計を済ませて外に出るとさっき来た道を、タバコを吹かせながらのんびりと歩いた。スーッと俺の頬を撫でる夜風に、心地よさを感じながらもう一度星空を見た。今にも流れ星が降ってきそうな空模様だった。それを見て、柄にもなく綺麗だとも思った。 ────ふと脳裏に浮かんできたのは、だった。 アホか俺は!と、誰に言うでもなしに呟いて、首を横に大きく振った。そのせいで、タバコの灰がポロリと地面に落っこちた。ああ、こんな夜更けに俺はなにを・・・とがっくり肩をうな垂れた。 しばらく歩いた先に、『50メートル先 並盛公園』という看板を見つけて、俺はふと思いやる。そういや、あそこは見晴らしがよかったな、と。普段は、こんな夜更けにひとり寂しく星空を眺めようなんて恥ずかしい真似、死んでもできねえけど、今日はなぜだかそうしようという気になった。全くおかしなモンだ。いつもじゃ真っ先に「だっせぇ」と言う役であるこの俺が、そんなことを思うなんて。全く、おかしなモンだな。 # 辺りは真っ暗だった。ブランコの傍に街灯があるだけで、そこだけは昼間のように照らし出されていた。そしてよく目を凝らしてみると、そのブランコには誰かが座っている。ここからじゃ顔はよく見えないが、小さな子供というわけではなさそうだ。どっちかというと、俺らくらいの奴だと思う。いや、そうとは言い切れないが。もしかしたら、オカルトという方面も拭いきれない。 小さな恐怖と大きな好奇心を胸に、そっとそのブランコへと近づく。生憎向こうは俺の存在に全く気づいてない様子で、ブランコを揺ら揺らと漕ぎ始めていた。こんな夜更けに一体なにやってんだが、と鼻で笑ってみるが、よく考えてみると俺だっておかしなことをしようとしているのだ。全く、人のことを言える立場ではなかった。 相手との距離が縮まる中、やっと顔をはっきりしてきて、「ああ、なんだコイツか」と安心した矢先、俺は声を荒げた。 「って、なんでてめーがここにいんだよ!!」 「ぎゃあああ!!!」 いきなり奇声を上げるもんだから、慌ててその口を塞いだ。近所迷惑にも程がある。・・・とは言っても、俺がなんの前触れもなく声をかけたのが、第一の原因であることはわかっていた。口を塞ぎながら、「俺だ、俺!」と顔を確認させるとそいつは安心したように、へなへなとへたり込んだ。 びっくりした、と引っ切り無しに呟くを余所に、俺は隣のブランコに腰を預けた。そうして隣を見やると、怪訝そうな顔付きでどうして、と言いたそうに眉を寄せていた。それはこっちの台詞だ、バカ。 「つーか、なんでお前こんなとこに一人でいんだよ。アホか」 「それはこっちの台詞!なんで獄寺こんな時間にほっつき歩いてんの!危ないじゃん!狙われるよ!」 「誰にだ!」 「あ、いやそれはその・・・ま、まあいろいろだ!」 あはは、と能天気に笑うにハァとため息をついた。危ないのは男の俺じゃなくて、女のお前のほうだろうと、呆れて思ったのだ。こんな灯りもほとんどないところに、一人で一体なにをしようってんだ。俺のように、夜風を当たりにきて、ついでに星空眺めようなんてことをコイツが思うはずはないし、理由が見つからない。ただの親への反抗心だろうか。いや、コイツはマザコンだ。そんなことありえない。 ああ、わかんねぇ。頭を抱えていると、隣から言葉が飛んできた。ねえ、獄寺も願い事しにきたの、と。ふざけている様子もなく、真剣にそう問うてきた。その返事にいやと首を振ると、ああそうかと安心しきった顔で言うのだった。 「まさかお前、今日は星がいっぱい見えるからって流れ星期待してんのか」 「違う、期待してるんじゃない。絶対だよ」 信じきっている瞳で空を見上げて、はあともうちょっと、と呟いた。そんなの横顔になぜだか惹きつけられて、目を離せない俺を余所に、は表情を一変させて俺の肩を揺さぶるのだった。ほら!ほら!獄寺!見て見て!子供のように無邪気にはしゃぐの視線を辿って行くと、そこには空一面の流星。星がいくつもいくつも、流れては消えていく。期待じゃなくて、絶対。その意味がわかったような気がした。 キラキラした瞳に俺を映して、「ねっ、獄寺!」と満面の笑みを浮かるに、不覚にも胸が高鳴った。じわりとくるような速度で確実に俺を蝕んでいく。こんな気持ちに気づいたのは、もうずっと前のことだった。俺はコイツのことを────。 ああ!そうだ、お願い事!思い出したようにブランコから立ち上がったは、俺の顔をチラリと見てから両手を胸の前で合わせると、息を大きく吸い込んで叫んだ。 獄寺があたしのこと好きになりますように! 獄寺があたしのこと好きになりますように! 獄寺があたしのこと好きになりますように! ふうー、言い切ったー。再びブランコに腰を預けたは唖然として動けないでいる俺など気にもしないで、また静かにブランコを揺ら揺ら漕ぎ始めた。ブランコの鎖を握っている手がどんどんと汗ばんできていることがわかって、俺はもっとぎゅっと鎖を握った。 冗談じゃねぇと思った。速くなる鼓動も、柄にもなく汗ばむ手も、全部。────隣でブランコを漕ぐコイツも。 ねえ、獄寺。ブランコの速度を徐々に落としながら、は俺を呼んだ。ギィギィと不快な音を立てながら、ブランコの揺れが止まると、ゆっくりとはこちらを向いた。その顔は自信に満ち溢れていた。まるで俺のことを全部わかっているような、期待じゃなくて絶対的ななにか。 「あたしのこと、好きになった?」 の瞳の奥が揺れた。肯定など死んでもしない。してやるもんか。俺はただタバコを夜風に吹かせるのだった。────でも、まあ、コイツの自信が過信に変わったときくらいは、素直に頷いてやらないこともない。 ああ、今日は星が綺麗だ。 Fin. |