息を立てるまでの焦燥



 学校から帰ると見慣れたローファーが並べられていて、「もしや」と思い、俺は階段を一気に駆け上がった。そして自室のドアを勢いよく開け放つと、そこには思ったとおりの人物が俺のベッドの上ですやすやと眠っていた。この無防備で、気の抜けた顔を見るのは、とても久しく思えた。(えっと、確か2週間ぶり、くらいかな)というのも、が通う緑中がこの2週間の間テスト期間中だったらしく、勉学に励むはその為俺ん家には顔も見せなかったし、近寄らなかった。昔から勉強だけは熱心に取り組んでいたらしいと言えばらしいけど。
 俺は、の寝顔を見て、やれやれと言った表情で微笑むと肩に掛けていたスクールカバンをそっと床に置いた。いつものなら俺の部屋を勝手に入って、勝手にゲーム機やらを出して、それを思いっきり堪能しているんだけど、今日はそうもいかないらしい。徹夜して、テスト勉強に励んだのか、さきほどから物音を立ててもピクリとも動かない。よく、本当によく眠っている。
 ふと、テーブルに置いてあった油性ペンに目がいって、俺の頭に悪いイタズラが思い浮かぶ。


「へへ、悪く思うなよ。いつものお返しだ」


 誰に言うでもなく呟くと、俺はそっとの傍へ寄った。そして、その場にしゃがみ込んでの顔を覗き込む。久しぶりにまじまじとの寝顔を見て、なぜだかよくわからないけど、心臓がドクン!と高らかに、脈打つのを感じた。あ、あれ、おかしいな・・・。心臓のほうに手を宛がって、自分がなぜこれほどにもドキドキしているのかと、頭のなかに無数のハテナが浮かんだ。
 いつもアイス買って来てとか、「喉が渇いた」と言い、俺をパシらせて買ってきたジュースに「果汁100パーセントしか受け付けない」といちゃもんを付けたりだとか、肩揉んでとか、俺のことをことごとくバカにしてきただっていうのに。なんで、俺がお前にこんなにドキドキしなきゃいけないんだよ!!
 うわーー!と言って頭を抱えていると、奇声を上げたせいかが「・・・んー」と寝返りを打ちはじめた。俺はそれを見やって慌てて、口元を手で覆う。・・・・・危うく、起こしてしまうところだった。危機一髪と言ったところで、ふうと息を吐くと、不意にの掠れた声が聞こえた。「・・・つ・・・よし・・・綱吉・・・」「(なんで俺の名前────!!?)」自分の名前が呼ばれたことに、これでもかと言うくらい心臓をバクバクさせていると、がうっすら瞳を開けた。


「んー・・・・・綱吉ー・・・」


 まだ寝ぼけているのか、はまた瞳を閉じた。どうやらの夢のなかにも、「俺」がいるらしい。それは嬉しいことなのか、それとも悲しいことなのか、俺にはその夢の内容によるけれど。でもやっぱ、嬉しい、んだよな、俺ってば。
 自分が考えていることに思わず困惑していると、不意に京子ちゃんの優しい笑顔が思い浮かんだ。そうだ、そうなんだよ。俺は、俺は京子ちゃんが好きなんだ。あの天使のような、女の子京子ちゃんが。(いや、天使のようなじゃなくて、正しく天使なんだ!)だから、俺のこのわけのわからない気持ちは、俺の全くの勘違いで、動揺に違いないんだ。久しぶりに顔を見たもんだから、俺はのことをめずらしがっているだけなんだ。そう、自分に言い聞かせるように何度も何度も唱えた。
 それなのに、俺の右手に握られたペンが使われることはなかった。使わなかったんじゃ、ない。使えなかった。の寝顔を見ていると、どうも心臓が高鳴っておかしくて、まるで言うことを聞かないゲーム機みたいで。俺が俺じゃないみたいだった。だって、そうだろ?コイツはただの幼馴染なのに、優しくてかわいくって女神のような京子ちゃんとはまるで正反対の自分勝手でわがままななのに。それなのにのことを可愛いと思ってしまうなんて。そんなの、なにかの間違いだ。そうに、絶対そうに違いないんだーーー!!


「ああ、もう!なんなんだよ一体!わけわかんねーー!!」


 頭をわしゃわしゃと掻きわけて、俺は悩んだ。が目を覚ます、そのときまで。




*Thanks you for..... 都さま