蝉の鳴き声がミンミンと聞こえるのも日常になってきた今日この頃。幼馴染の沢田綱吉の様子が、なんだかおかしいです。どこがどんな風におかしいのか、そう聞かれてはっきりと答えることはできないのだけれど、確かに様子が変なのです。明らかに夏休み前に比べて、オーラが違うのだけはわかるのだけれど。それだけじゃなくて、沢田家の夕食をご一緒にいただいたあのときも、綱吉はムスっと顔を顰めて、わたしの顔を見るなり、すぐにそっぽ向いてしまった。こんなこと前例などなくて、わたしはどうすればいいのかわからないままだったのだけれど、やっとのこと綱吉と二人きりになれるチャンスができたので、さっそく話を切り出してみようと試みた。 そう意気込んだはずなのに、いざ二人きりになると空気がどんと重たくなるのを肌で感じて、わたしは思わず息を呑んだ。綱吉の部屋には数え切れないほど来ていたけれど、最近はめっきりこの部屋に入ることもなくなっていた。そのせいなのかな、なんとなくそわそわしてしまって、落ち着けない。わたしはいつもここへ来たとき、どのへんに座っていたんだっけ。どんな会話をしていた?ああ、だめ。ぜんぜん思い出せない。 「座れば」 短い言葉が飛び交ってわたしはうん、と頷くと、綱吉と距離を保ってそのへんに腰を降ろした。綱吉は相変わらずといった様子で、こちらを見ようともしない。こんなわかりやすい態度を取られたら、いくらバカなわたしでも勘付く。そう、綱吉は、怒っているのだ。他のだれでもない、このわたしに。理由など、わたしにわかるはずがない。綱吉と会ったのは、この間の食事会以来だし、その前だってなんの問題もなかったはずだ。じゃあ、なぜなんだろう。夏休み前までは本当に、普通、だったのに。 重たい沈黙が幾分か続いたあと、わたしは口を少しずつ広げて本当にかすかな声で、「つなよし」と彼を呼んだ。どうして、冷たくするの、なんて口が裂けても言えなかったから、そのあとはなにも言葉にできないままだった。ちょこんと体育座りをして小さくなったわたしは、なにも言えないままだったけれど、もう一度「つなよし」と彼の名前を呼ぶのだ。 「なんだよ」 「おこってる?」 「なにに」 「・・・・・わたしに」 違うよ、って言ってくれたら心が軽くなるような気がした。けれど、返ってきた言葉は求めていた言葉とは違って、「べつに」という一言だけだった。思わず俯けていた顔を上げて、背中を向けて座っている綱吉の後ろ姿を見た。少し遠くに感じられて、今より、もっと、さみしくなった。 ぎゅっと膝を抱え込めば、自分でも驚くくらいにか細い声で「ごめんなさい」とつぶやいた。 「だから、なにが」 「おこってる、から」 「おこってない」 「・・・・・おこってるよ」 「おこってない」 「じゃあどうして、こっち、見てくれないの」 自分の声がだんだん小さくなっていくのが、よくわかった。────綱吉からの返答は、無かった。 なんとなく前を見るのが怖くて、黒くよく焦げた自分の腕を見ていたら、足元に散らばった漫画の山がふと目に入った。タイトルを見ると、どれもまだわたしが読んだことのないものばかりで、わたしは目を瞬かせた。知らないうちにこんなにも変わっていたのに、わたしは今までそれに気付くことすらできなかったんだ。そんなことを考えていたら、なんだか無性に泣きたくなった。綱吉が一気に雲の上にいる人みたいに思えて、さっきより、もっと、さみしくなった。 傍に置いてあった漫画はヒーロー物なのか、真っ赤なスーツを着てポーズを決めている、なんともおかしな表紙だった。でもそれが、ふいに歪んで見えなくなった。涙が零れ落ちないように、できるかぎり上を向いてみたけれど、それでも落ちてしまいそうだった。歪んだ視界には、もうどこになにがあるかなんてわからなくて、なにかが動いてもピントが合わないまま。そんなわたしの目に、ふいに涙で歪んだ綱吉の顔が飛び込んできて、その直後に顔面に少しの衝撃が走った。いたっ、って声を上げるほどの痛みじゃない。けれど、冷たい長方形のものがわたしの顔面に押し付けられた。これは、なに。そう言う前に、綱吉が「これ、読めば」と投げやりに言葉をかけてくれた。 受け取った漫画は、またヒーロー物なのか、大きな刀を持ったスーツ姿の人がでかでかと表紙を飾っていた。昔から、こういうの変わってない。ヒーロー物が好きなところ。変わってない。ぜんぜん変わってなんかいなかった。 「・・・・・なに、これ。また、ヒーロー物じゃない」 「いいだろべつに。好きなんだから」 そう言いながら綱吉は、わたしの前に胡坐を組んで座った。その一連の行動を驚きながら見ていたわたしに、「なんだよ、早く読めよそれ」と漫画を読むように促すと、綱吉も傍にあった漫画の山から一冊を手に持った。よく状況が掴めず、言われた通り漫画を読み始めると、それと同時に綱吉もなにかの糸が切れたように話し出した────────。 「オレはその主人公みたいに言いたいこととかはっきり言えないし、好きな人に好きだとも言えない」 「う、うん」 「そのくせに嫉妬だけは一丁前にして、それで困らせて、泣かせて、自分でも一体なにしたいんだか、ぜんぜんわかんないんだ」 「・・・・・うん」 「でも、それでもさオレのことで頭いっぱいになればいいって、オレのことだけを考えて欲しくて、」 「う、ん」 「だからさ、。今、オレのことで頭いっぱい、だろ?」 そう言われた瞬間、なんだかすべてのことがわかったような気がして、わたしは不覚にも自惚れてしまった。 確かにわたしは今、綱吉のことで頭がいっぱいなのかもしれない。なにも考えていなかった。ううん、考えられなかったのだ。それはなぜなんだろう。一体、なぜ。────わからない。これも、もしかしなくても綱吉の策略なの、かな。ああ、きっとそうなんだと思う。だって、綱吉がそうやって笑うんだもん。 「、これってさOKだと思っていいの、オレ」 「な、にが」 「顔、真っ赤なんだけど」 言われて初めて気付いた。そっと手を頬に寄せてみると、思った以上にあつくて、それでもっと恥ずかしくなった。自分のことなのに、綱吉に言われて気付くなんて。────わからない、わからないよ。どうして、こんなにドキドキしているのか。ぜんぜんわからない。 「なあ、わかってんの。オレ、のこと好きだって言ってるんだよ」 そう言った綱吉の顔をわたしに負けないくらい真っ赤で、まるで熟れたりんごのようでした。 *Thanks you for..... ニノさま
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