アプリコットは恋の味



 幼馴染である柚羽が血相を変えて俺の家に訪ねてきて、どうしたのかと理由を聞くと「課題、終わんない!!」と半ば泣きながら、俺には全く関係のないことを言って、俺の前に『課題』を見せ付けた。俺はそれを見て表情を曇らせて、小さく「帰ってくれ」と呟くと柚羽は理不尽にも「幼馴染が困ってんだ、手伝えコノヤロウ!」とどかどか図々しくも家の中へ転がり込んだ。俺はその後姿を見て、大きくため息をつくと、柚羽が向かっている先が自分の部屋だということに気付くと、慌てて声を荒げた。「待て!俺ん部屋は駄目だ!」と言ったにも関わらず、それを無視して柚羽は勝手に扉を開けた。そして、「うわー・・・」と期待通りの反応をしてくれて、俺はがっくりと肩を降ろした。
 汚い部屋に柚羽を招きいれて、とにかく文句の垂れっぱなしの柚羽にざぶとんを置いてやる。そこに潔く座った柚羽に、「まあ、汚いけど仕方がないわね」とえらそうに言うと、手に持っていた『課題』をドンと机の上に置いた。


「さあ、修悟!二人でがんばりましょう!」
「バカ言うな。お前の課題だろ、自分でやんねーと意味ないじゃん」
「わたしの課題は修悟の課題でしょ!?」
「どーいう理屈だよ!」


 とにかく修悟にも手伝ってもらわないと終わんないのよ!と机の上に置いてある課題、というかプリントの山をポンポンと叩いた。俺は大きくため息をついて、しゃあねーな・・・と呟くと、柚羽は当たり前でしょ?と言いたそうに偉そうな笑みを浮かべた。とりあえず、一番上のプリントを手にとって見てみる。数字がズラリと並んでいる、見てわかるように数学の課題であった。まさか、この量全部が数学?と半ば冷や汗を掻いたが、そうでもないらしい。「修悟は数学担当ね!わたしは、国語と英語するから!」「・・・・・」一体コイツは何をやらかしたのだろうかと横目でチラリと柚羽を見て、俺はプリントに目を向けた。
 違う高校を通う俺たちは、必然的に顔を合わす時間が中学の時に比べてかなり激減して、ひさしぶりに顔を見りゃあ、こうだ。ロマンもムードもあったもんじゃない。せっかく、俺の部屋に二人っきりなわけだから、もっとこう高校生らしいことをしたい。いや、別にそーいうやらしいことじゃなくって!こう、楽しく会話を弾ませたいだけだ。(断じて、織田がいつも考えてそうなことは、俺考えてないからな!)


「修悟、修悟。辞書。国語辞書」
「・・・・・ったく」


 顔も向けないで必死に問題を解いている柚羽がそう言って、俺は仕方なく本棚の奥の、奥のほうにあった使われていない国語辞書を取り出した。それを「ん」と差し出すと、柚羽は空いている左手でそれを受け取ると「ありがと」と呟いた。まあ、そんときも問題に集中しているのか顔も上げなかったけど、ここはガマンするとする。柚羽だって、きっと必死なんだ。どうせ、これを明日までにやらないともっとペナルティを課せられるとか、単位を落とされるとか、そーいうことに違いないんだから。流石に単位を落とされたら、面倒になることは目に見えているし、その腹いせに俺に八つ当たりすんのは容易に想像できるし。だから、ここは一刻も早くこの課題を終わらせて、柚羽を安心して眠らせるのが一番いい。巻き添えくらうのは、本当勘弁したいんだけどな。
 んー、と唸って口元に手をやって考えている柚羽は、なんだか前より大人っぽくなった気がする。昔はチンチクリンとしか思っていなかったけど、最近どうも駄目だ。意識してしまいがちだ。俺はそんな煩悩をブンブンと振って打ち払うように、プリントに集中を向けた。最近、会っていないせいか、本当駄目なんだ。


「修悟、ペン」

 自分とは裏腹に態度のでかい柚羽に、なんでこんなやつなんか!と心の中で毒づきながら、ペンケースの中から蛍光ペンを取り出した。それを無言で受け取ると、柚羽は無意識なのかわかってやっているのか俺の貸した辞書に見事なピンクのラインを引いてみせた。「なにやってんだよお前!」とつい声を荒げると、柚羽はなんでもないように「なによ」とシャープペンシルに持ち替えてプリントになにかを書き込みはじめた。当然のように辞書にラインを引いて、平然としている柚羽を見て、なんだかな・・・と思って思いっきりため息をついた。そうしたら、「手を動かしなさい、手を」と言われたもんだから、俺は半ばやけくそにプリントに答案を書き始めた。

 それから2時間くらいして、柚羽の「んー!終わった・・・」という気の抜けた声が聞こえてきて顔を上げると、んーと伸びをしている柚羽の姿が目に入った。それに引き換え、まだ課題が数枚残っている俺は再度プリントに目を向けて、はあと小さくため息をついた。ソレが終わったんなら、こっちのも手伝えよ。そう思ったが、既に俺のベッドに寝転がって漫画を読み始めた柚羽に、そんなこと言う気になれなかった。言ったら言ったで、また文句を垂れるに決まってんだから。
 再び数字の羅列との対決をして、シャープペンシルをスラスラと滑らせる。このプリントの問題が、俺にも解けるようなレベルでよかった。そんなことを思いなら、手をせっせと働かせた。


「おっし!やっと終わった・・・」


 やっとのことで課題が終わり、時刻を確認してみるともうすぐ深夜12時を回るところであった。こんな時間まで一緒にいたのって、初めてかもしれない。少し照れつつも、ベッドの上で漫画を読みふけっていた柚羽を見やると、寝ているのか、先ほどからピクリとも動かない。背を向けているから、真意かどうかはわからないけど。俺は、よいしょと立ち上がって、ベッドに膝をついて、柚羽の顔を覗き込む。体重をかけたせいか、ギシギシと鈍い音が部屋に響き渡って、俺は思わずあとずさる。「び、びっくりさせんなよ!」と誰に言ってんだがよくわからなかったが、不意の動揺からそんな言葉が漏れた。一気に跳ね上がった鼓動を抑えるようにして、もう一度そっとベッドに足をかけた。今度は音が出ないように、そっと。(なんか俺、変態っぽい・・・)
 やっぱりと言うべきか、柚羽はぐっすりと眠っていた。よっぽど疲れていたのか、少しの物音じゃあピクリとも動かない。口を開かなければ、カワイイんだけどな。なんて、馬鹿馬鹿しいことを思いながら、俺はもう一度壁に掛かっている時計を見やった。時刻は、日付を変えて深夜12時を回っていた。

 しょうがない、もう少し寝かせてやるか。柚羽のまだ幼さが残る寝顔を見ながら、そっと呟いた。




*Thanks you for..... 柚羽さま