アルファとオメガはループする


 授業開始のチャイムが鳴ると同時にガラガラというドアの開く音が聞こえて、わたしはふとそちらの方へ視線を向けた。入ってきたのは紛れもなくこのクラスの担任の、銀八先生で、いつもと同じような面(だらしなくて、間抜けな顔)を下げて、教卓の前に立つと「おーし、てめーら今から席替えすんぞー」と手に持っていた白い紙をひらひらと宙に漂わせた。銀八先生の発言にみんなはやったー!と歓喜の声を上げるが、わたしはそうじゃなかった。できるなら、今自分が座っている席を他の人に譲りたくない。そりゃあだって、窓側の一番後ろなんていう最高の場所を他のやつらになど、取られてはならないからだ。
 銀八先生は白い紙を廊下側の一番前の席に座る女の子に渡して、「こっから順番に回してけ」と言うと教室から出て行った。あれ、授業放棄?なんてことを考えて、わたしは隣の席に座っている土方を見た。土方は、どうでもよさそうに大きな欠伸をして、だるいと言わんばかりの表情をして、ぼーっとどこかを眺めていた。連日、部活動が忙しいのだろうか、最近よく授業中に寝ているような気がする。
 自分も大して土方とは変わらないような顔をして、机に突っ伏していると、ようやく席替えの用紙が回ってきた。わたしが、窓側の一番後ろの席ということだけあって、空いている欄はひとつしかなかった。あーあ、残り物かよ、と文句を垂れながらも渋々そこに自分の名前を書く。どうやら、今回の席替えはあみだくじのようだった。銀八先生は、いつも異なった方法で席替えをするから、今度はなにすんのかなって楽しみにしていたのに。案外、王道をいったもんだ。

 それから、20分後くらいに銀八先生が教室へ入ってきて、用紙を手にすると「おーし、じゃあ発表するから耳の穴かっぽじって聞いておくように」と器用になんとかキャンディをくわえながら言った。

 わたしの番号は5番で、今の席と変わらぬままだった。思わず立ち上がって「よっし!」とガッツポーズを取ると、隣に座る土方も「蒼海、俺も勝ち組だ」と言ってニヤリと笑った。どうやら、土方もこの席を動かずらしい。・・・やるな、土方・・・。ほくそ笑んでいる土方を尻目に、わたしは浮かせていた腰をその場に降ろすと、周りをキョロキョロと見回してみた。みんな忙しそうに机を移動させて、わたしと土方を見ては、悪人面を下げてチッと舌打ちをしていった。(みんな、ひどくない?)
 教室内がどうにか落ち着いて、ふと気が付くと銀八先生はいなくなっていた。あの人、本当に教師なの?と疑いをかけていると、前方から不機嫌オーラを出しまくっている沖田がポケットに手を突っ込みながら歩いてきた。あ、なんか嫌な予感が・・・。

「なんでおめーらだけ、変わってないんでィ。お前変われよ、俺の席と」
「やだし。残りものには福があるんだよ」

 不機嫌な沖田をオブラートに包む気など一切ないわたしがそう言ってやると、隣の土方が「違いねー」とまたニヤリと笑った。その顔、どうにかなんないかなあと思っていると、カチンと来てしまった沖田が「土方さん、一遍俺に殺させてはくれないですかィ」と黒く微笑みながら言った。土方はそんな沖田にひるむことなく、「残念だったなァ、夢のお隣さんをまたも俺に取られて」とものごっつい極悪人面で悪態付いた。
 二人で火花を散らしている中、わたしはいつものことだとため息をついて、横目で二人の経緯を窺う。こういう子供染みたところがなければ、二人ともイケメンとして扱われていたと思うんだけどな、なんてことを頭のすみっこの方で考えた。顔を合わせれば、喧嘩、喧嘩、喧嘩。どこのジャイアンだよ、二人もジャイアンいんないよ。と、ハアとため息をつくと、沖田がまた「蒼海、お前席変われよ」と言ってきた。全く、懲りないんだから・・・。

「いやよ。運も実力のうちなんだから。まんまと一番前の席を引いてしまった沖田は黙って授業を聞いていればいいの」
「おめーら二人して、ぜってーズルした。したね、ズルを」
「してないってば!アンタじゃあるまいし」

 沖田はどうも納得のいかない顔をして、わたしの前に座っていたクラスメイトBを押しのけると、わたしの机に頬杖をついてぶつぶつ呟き始めた。そんな沖田を不思議そうに見つめると、隣に座る土方が「くっくっく」と、喉を鳴らした。お前、高杉かよと心の中で突っ込みを入れて、恐る恐る「なにヘンな声出してんの」と聞くと、土方はやけに楽しそうに「いやーなァ。総悟がえらく焼もち焼いてるモンだからよ」と声を弾ませる。それを聞いてか、ガタンと音を立ててその場から立ち上がる沖田が、やけに焦っていて顔をほんのり紅く染めていた。どうやら、土方は沖田の秘密を握っているらしい。

「テメー土方!お前それ以上なんか言ったら、マヨラーからケチャラーに調教すんぞ!」
「おーおー、それは光栄なこったなァ。そんなに、蒼海の隣が羨ましいってか」

 なに言ってんだかこの二人は、と傍観者気取りで沖田と土方のやり取りを見ていたはずなのに、不意に自分の名前が飛び込んできて、え?と我に返る。正直、このタイミングで自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった。わたしは状況が理解できずに、「なんだって?」と聞きかえすと、やけに慌てて沖田が「なんでもねーよ!貧乳!!」と暴言を吐き出した。いつも聞きなれていることだから、どうってことはないんだけど、やっぱりこう・・・カチン!と来るものがある。だって、女の子だもん。ぺったんこはやだよ。

「貧乳言うな!こう見えても努力してんのよ!キャベツ食べたりしてんのよ!三日でやめたけどね!」
「結局なんもやってねーじゃねえか」

 そんな冷静な突っ込みが隣からサラリと漏れて、わたしは噛み付くぞコラ!と言わんばかりに、のん気に頬杖をついている土方を睨みつけた。言った本人はというと、わたしとおんなじように土方を食い入るように睨み付けていて、わたしのことなど眼中にないという風な感じであった。それはそれで、ムカつくなあ!と腹を立てて、フン!と鼻を鳴らした。相変わらず、土方はわたしと沖田を見てニヤニヤしているし、沖田は沖田で狂犬のように土方を狙っている。
 少しの沈黙のあと、土方がしびれを切らしたのか、「しゃあねーなァ」とうーんと背伸びをした。なにがしょうがないんだ、わたしのこの胸のことか?不機嫌な顔をして、土方を見やると今度は首をコキコキと鳴らしていた。

「なんの進展もない哀れなシャイボーイのために、俺の席を譲ってやる」
「なにそれ。シャイボーイって誰だよ」
「総悟に決まってんだろ」

 沖田は自分の名前が出されたことにひどく腹立ったようだったけど、声を震わせて「ひ、土方さんがそう言うんならそうしてあげてもいいですぜ」とえらそうに腕を組みながら言った。その態度が気に入らなかったのか、土方は「まァそれも総悟次第だがな」と追い討ちをかけるように沖田を睨んだ。わたしはというと、なんでいきなりそういう話になっているのかわからなくて、ずっと首を傾げていた。
 沖田はしばらくの間考え込んで、そして諦めたようにハアと深いため息をつくと、「変わってくだせェ、土方さん」とやけにしおらしく土方を見た。土方は、一層極悪人の面をして、ニタニタと一人で笑い始めた。しゃあねーなァ、そう言って重たい腰を上げるとスタスタと前へと歩いていった。空いた隣の席に、沖田がコホンと喉を鳴らして、ストンと座る。なんでこうなったんだが、全くわからないんだけど。自分独り、取り残されているみたいで、少し寂しくなった。

「はーあ、やっと、授業中静かに眠れるぜ。おい椎名、ノート取っとけよ」
「いやよ。自分でやりなさい。てゆうか、なんでこんなことになってんの。なんでアンタ隣にいんの」
「俺より土方さんのほうがいいってかい」
「そういうことじゃなくって、いや別にどっちかっていうと沖田のほうがいいんだけど」

 つい本音が出てしまい、慌てて弁解しようとしてみるも「いや、土方が嫌いってわけじゃないよ?あの、気味悪いっていうか・・・あ、違うこれも嘘!」なんだか余計に墓穴を掘ってしまって、わたしは言葉を詰まらせた。沖田をチラリと確認してみれば、わたしの話なんか無視して、頬杖をつきながら顔を背けていた。自分から聞いていたくせに、勝手なやつだなコノヤロウ。少しムッとなって、沖田の肩を掴んで振り向かそうとしたんだけど、やけに身体に力を入れているのか全く動かなかった。「ちょっと、沖田!」と名前を呼んで、回り込んでみるも上手に顔を背けられてしまって、沖田の表情が確認できない。わたしはふうと息を吐いて、あきらめると潔く席に座った。相変わらず、沖田は顔を背けたままコチラを見ない。なにか怒らせてしまったのだろうか、そんな焦りが心の真ん中に生まれた。

「ちょっと、なに拗ねてんの。わたしなんも言ってないじゃん。沖田のほうが良いって言っただけじゃん。ねえ、沖田」
「うるせェ。聞こえてるから、そんな大きな声出すんじゃねーや」
「じゃあ、こっち向いてよ!ほら、沖田!こっち!沖田くん!」
「死ね」
「・・・・・」

 煽ててみるも、逆効果だったのか沖田からは厳しい声が。わたしも、気が短いほうなのでフン!と頬を膨らませて、窓の外見た。窓に少しだけ映った沖田は、動かずのままで、わたしはもっとブルーになった。ちょっとくらい、気に掛けてくれてもいいじゃん。沖田に言いたかった言葉を心の中に閉じ込めて、わたしはそっと瞼を閉じた。耳を澄ますと、みんなの賑やかな声があちらこちらから聞こえてきて、不意に楽しそうだなあと羨ましくなった。そのまま、目を閉じて耳を澄ましていると、ふと沖田の声が聞こえて、ハッと瞼を開ける。


「こっち向けやい、蒼海」


 もう、どっちなのよ。天邪鬼。そう思って、わたしは静かに沖田のほうへ顰めっ面をした顔を向けた。




*Thanks you for..... 蒼海さま