「はあ・・・」 最近、めっきりため息の回数が増えた。気づけば無意識のうちに、この口腔から息が漏れている。いかん、いかんと首を横に振って平常を保とうとするのだが、やはりわたしの携帯の画面を見てしまうとため息がひとつ、またもうひとつ零れてしまう。最近の週末は、いつもこんな風だ。もちろん週末だけではなく、仕事の間でもこんな風に疲れたようにため息ばかりを吐いているのだが。とにかく週末はキツイ。なにがキツイかって、そりゃあいろいろよ。社会人にもなれば、いろいろと付き合いっていうものがあるし。まあ、わたしはまだまだピッチピチの新人社員だからそういうことはまだまだ先だって思っていたんだけど、少し前ある一人の上司に気に入られてしまってから、状況がコロリと一転してしまった。くどいくらい「食事に行かないか」的なメールが送られるようになってしまったのだ。他の新人さんたちや他の上司さんたちが一緒ならまだいいんだけど、「二人っきり」となるとまた別の問題になってくる。正直に断りはしているものの、相手もすごくしつこいようで、中々わたしを解放してくれない。最近わたしの頭を悩ませているのは、それだった。 「はーあ・・・・」 「・・・、さっきからため息ばっかついてる」 「え、あ、そうみたいね・・・。ごめん、レン」 「また、仕事で疲れてんの?」 「うー、まあ仕事っていや仕事なんだけど、また別の仕事?みたいな」 「はあ?全然意味わかんねー」 レンはあからさまに眉間にしわを寄せて、もっとわかりやすく言ってよとでも言うようにこちらを見た。レンのそんな素っ気無い態度も今のわたしにとっては天使みたいなもので、勢いでレンに抱きつこうとしたら、慌てて避けられた。「な、なにしようとしてんだっ!」と否定の言葉を言いつつ、顔を真っ赤にさせるレンを見るとまだまだ中学2年生だなあとしみじみ思う。レンがもうちょっと大人で、わたしの仕事先の上司だったら間違いなくわたしはレンにフォーリンラヴなのになあ、とありえないことを想像しながら頬をゆるませる。そうしたらレンに「何一人でニヤけてんだ・・・」と怪訝そうにじろじろと見られた。 「で、はさっきからケータイばっか見てるけど、何見てんの?」 「え!だ、だめよ!勝手に人のメール見ちゃ!」 「いいじゃん、ケチ」 「ケチもクソもありません。プライバシーです」 わたしがそう言ってやるとレンはブスっと頬を膨らまして、そっぽ向いた。いくら誰かに相談したいからってレンにまで余計な心配かけさせるわけいかないし、それにこれを見せたら見せたでレンはまた拗ねてしまうだろうし。なんにせよ、レンにはこのメールは見せられなかった。もしもレンがもうちょっと大人で、わたしの恋人だったのなら頼って相談するんだけど。また変な妄想をしてから、わたしはもう一度携帯の画面とにらめっこする。何度も何度も断ってばかりだと後が怖いから、一度くらい食事をご一緒させてもらうか。と思い、指を動かそうとした瞬間。「もーらいっ!」「あっ!」。レンに携帯を取られてしまった。油断していたわたしのミスだった。 「ちょ、レン!返しなさい!」 「やーだよ!っと、どれどれ・・・」 「ダメだってー!今から返信するんだから!・・・って、レン?」 ちょこまかと動き回ってわたしから逃れようとするレンの動きがピタリと止んだ。そして、携帯画面をこちらに向けながら、「・・・イソノってだれ?」といつものレンじゃないような声を出してわたしに問うた。わたしはその雰囲気に思わずびくついてしまって、慌てて「友達だよ」とつぶやいたけれどレンは信じてないかのように「ふーん」と喉を鳴らして、携帯画面を自分のほうへと向きなおした。パチパチ携帯を触っているのがわかったけれど、今取り上げてもきっと状況は変わらないだろうから手を伸ばすのをやめておいた。たった14歳の子に怯えているわたしって、どれだけ滑稽なのだろうか。少し、自分が情けなくなった。 「・・・友達じゃないじゃん」 「ご、ごめんレン、嘘つくつもりじゃ・・・」 「これ、の彼氏じゃんっ!」 「へ!?ち、違うから!そんなオッサン論外だから!」 「だってこの人やたらハート多いし!何回も名前2をデートに誘ってんじゃん!」 「だけど!それは会社の上司で、別にやましい関係なんかじゃないの!」 「そんなの嘘だ!オレ、信じねーもん!」 その場にドスンとあぐらをかいて、レンは携帯を放り投げた。レンにだけは見せてはいけないと思っていたけど、ここまで激しい反応をするとは思いもしなかった。普通に怒鳴っておしまいだと思っていたのに、これほどまで切れるなんて、全然予想がつかなかった。言葉も出ないわたしは、ただ俯いて黙っているレンを見つめることしかできることがなかった。レンの姿を見て、相当ショックだったことが窺える。もう少し早めに対処しておくんだったと今更ながら後悔した。 「・・・」 わたしの名前を呼びながらレンがゆっくりと立ち上がった。顔をのぞいてみると、すごく悲しそうなつらそうな顔をしていることに気づいてわたしは「ごめんね」って小さくつぶやいた。そうしたら、いきなりレンがわたしの腰に飛びついてきて、ぎゅっとわたしを抱きしめた。わたしが抱きしめようとしたときは、あれだけ嫌そうに避けていたのに。今度は自ら進んで飛びついてきた。それがなんだかうれしくて、わたしもぎゅっとレンのことを抱きしめてあげた。レンの鼻篭った声が耳元からダイレクトに伝わった。 「オレ、を取られるのは、いやだ・・・」 「バカ、そんなことあるわけないでしょ」 「だって、は、オッサンとかにはモテるんだよ」 「ごめん・・・オッサンって固定しないでくれる?」 「だからいついなくなっちゃうか、わかんねえじゃん」 「レンもリンもいるのに、そんな無責任なことしないわよ」 「わかんねえじゃん・・・。女は不毛な恋ほど燃えるんだから、いつそうなるかなんて」 「・・・レン、あんたそんなことどこから」 「リンから」 レンの返答になんとなく納得して、「なるほどね」とつぶやいた。うんうん、と頷くレンのふわふわとした髪の毛がわたしの鼻の辺りを刺激して、思わずくすぐったくてくしゃみを出してしまうところだった。「レン、髪の毛当たってくすぐったい」「し、仕方ないだろ」「レンって、結構甘えたがり屋なんだね」「なっ!そんなことない!」「そんなことありますぅ。でも、まだまだ中2だし、甘えたい年頃なんだよね」「違う!オレは、ただが変なオッサンにつかまらないように・・・」「ちょっと、レン。いい加減そのオッサンに限定するの、やめてくれない?」「だって、さっきメール見たけどその人からしかメール来てなかったじゃん」「そ、そんなことないわよ!」「あー、図星だー」「むっ!レンこそ、わたしのことが好きで好きでたまんないくせにー」「なっ!ち、違うもん、そんなんじゃ!」「だって、レンから飛びついてきたしー」「うっ!・・・も、もう離せー!」 今更恥ずかしくなったのか、レンは急に暴れ出してきて大声を張り上げた。わたしは近所迷惑にも関わらず、それに乗っておりゃおりゃーとレンにスキンシップをはかると、いきなり自室のドアがバタンと大きな音を立てて開き、とてつもない殺気を感じたわたしとレンはおそるおそる音がしたドアのほうに振り返ってみる。そこにはすごい剣幕のリンが、仁王立ちで立っていた。今にもわたしたちを食い殺そうとするリンの目が、なんとも怖くて二人して冷や汗が流れた。 「二人して、こんな夜更けに何してんの・・・?」 その声を聞いた瞬間二人して土下座し、声が枯れるほど謝ったことは、リンとわたしとレンしか知らない。 *Thanks you for..... 紫椰さま
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