近くのコンビニに夕飯の買出しに出かけて、とりあえずパンと茶とタバコを購入した。今日は別段がっつりしたものが食べたいと思わなかったし、それなら軽食で済ませておこうと思ってそれらを手にした。最近はやけに肌寒くなって、普段を過ごすのに半袖のカッターシャツだけではままならなくなった。冬が一歩一歩足並みを揃えてそろりと近づいているようで、それに応じて俺の身に付けるものから取り巻く環境まで少しずつ色を変えてきていた。寒いのが苦手のはずなのに、さきほど購入した茶をホットにしなかったのがほんの少しばかりだが後悔した。夕方は特に冷えるんだ。 アパートの階段をカンカンと金属音を立てながら上ると、すぐに扉がいくつも見えてくる。俺の部屋は一番奥にして、昼でも電気を付けないと生活できないような日当たりの悪い一室だ。いつもと変わらぬ殺風景な景色が広がるこのアパートに、普段とは違う色がぽつりとあった。居る。立っている。アイツが、俺の部屋の前でいつもと変わらない様子で、そこに居る。 「あ、隼人。おかえり」 「な、なんでお前が、こんなとこにいんだよ、」 「ちょっとね、差し入れに」 そう言って椛が透明のビニール袋に入る重箱を俺の前に差し出した。戸惑いながらも素直にそれを受け取ると、満足したのか椛は「それじゃあ」と言ってそそくさと足を進める。それだけかよ!と言う暇もなく通り過ぎ去る椛の腕を無意識の内に引っ張り、進行を止めてやった。止めてやったのはいいが、別段コイツに用事などなかったしむしろここで引き止めてどうすんだよと冷静に考える自分もいて。悶々としている俺の様子を見るに見かねた椛は、「どうしたの」と可愛らしく首を傾げて聞いてくる。素直に、家に上がってけよ、なんて言えるはずもなく、引き止めた腕をそっと離すと「別に」と答えた。コイツはなんでも率直に言わないと理解できないから、こんな曖昧な態度を取っても決してコイツが何かに気づくわけもなく、変なの、の一言で済まされてしまうだろう。鈍感、そう言ってしまうえば簡単だが、時にそれは鋭い牙にもなり得るものなんだ。 「ふうん、変なの」 やっぱりだ。変なの、で済ませやがった。だから鈍感は嫌いなんだ。野球バカしかりスケコマシしかり。バカは世界を救うだの、現実逃避染みたことを言うやつがいたが、バカはやっぱりバカで、世界なんて救えねえんだ。心底そう思う。 椛は俺から視線をはずすと、さきほど自分が渡したビニール袋を見ながら「それ、今から食べる?」と聞いてきた。それに、ああと肯定の言葉を返してやると椛はうれしそうに微笑んだ。それね、わたしが作ったんだよ、優しい声色でそう口ずさむ椛に、やっぱり鈍感ってのは嫌いだと思った。そう思うのに反して、頭の中がコイツ一色なのはきっと何かの間違いで、可愛いだの抱きしめたいだの考えている自分なんてもっての他だ。論外、だ。 「隼人さ、ちゃんとご飯食べないと成長しないよ。山本みたいに」 「なっ!なんでここでアイツの名前が出てくんだ!」 「だって山本だもん」 「理由になってねえ!」 怒鳴る俺を余所に頬を上げて笑う椛に、ムカムカしながらもホッと安心している自分もいて、コイツにぐちゃぐちゃに掻き回されている俺の心は不思議にも穏やかだった。一通り笑い終わったあと椛は「これでも、心配してるんだよ」と急に真剣な顔で言う。切ない声が響いてきて、つい自分までそんな気分になってしまうような感覚に襲われた。心配、してくれてんだな。素直にうれしいと思った。うれしいのに、そう思っているのに、コイツみたいに自分の言いたいことが言えない。あともう少しってところで、喉の奥に引っ込んじまう。天邪鬼と言われようが、餓鬼だと言われようがもう構わない。俺は素直に気持ちを吐き出すことができない。そんな器用な人間に、俺はできてねえんだ。 ───お前と一緒にいたいと言えたらいい。でも言葉にできないから、俺は必死にお前に伝えるんだよ。お前の細っこい腕を引っ張って、わかんねえだろうなとため息つきながら、それでも。俺はお前に訴えかけんだ。 「隼人」 「ん」 「腕」 「おう」 「……変なの」 そう言った椛はうれしそうに微笑んで、お腹が減ったとぐうぐうと喚く。───わたしも一緒に食べていい?そう聞かれた俺は、しゃあねえなと素直じゃない言葉を吐く。それもだらしなく頬が緩んだ、にやけた様子で。 #口下手の僕より君へ ( Thanks you for..... 椛さま!) 執筆:20091012 |