# My name クリスマスの特番番組を見ながら濡れ煎餅を口にする幼馴染を横目に、俺は小さなため息を吐いた。厳しい冬季練習を終えて、帰宅したらこれだ。リビングにある大きめなコタツを一人独占していたのは、幼馴染のだった。なんでここにいるんだよと聞くと、「ヒマだったから」と濡れ煎餅をかじりながら言う。こいつも寂しい女だな・・・と密かに思いながら、コタツに潜り込むと冷え切っていた足がピリピリとした。 とはもう随分会っていなかったように思う。クラスが同じなら嫌でも顔を合わせることになるが、俺とあいつのクラスは遠く離れていた。それには根っからの帰宅部だ。部活帰りに────── 、なんてことは一切ない。そして最大の理由は、お互いが会おうとしていなかった。家が隣同士というのもあって、その気になればいつでも会えると思い込んでいた。そうしたら、もう年末も近いこんな時期に顔を合わせることになった、というわけだ。しかも、幼馴染の「気まぐれ」によって。 「お袋は?」 「買い物。豚カツソース買うの忘れたんだって」 腹がぐうと鳴るのを聞いて、途中で買い食いでもすりゃあ良かったと後悔した。は最後の濡れ煎餅を俺にくれる気などなく、一気に平らげてしまった。こんにゃろう。反撃のつもりに、コタツに潜らせた足での足を突付いてやると、は「邪魔しないで宍戸」とクリスマスの特番番組に夢中のようだった。・・・俺、すげー子供っぽいことしてねえか。自分に少し恥ずかしくなった。 クリスマスということできっとチャンネルを変えても、どの局もスペシャル企画や現在進行形でが見ている特番しかやっていないんだろう。お笑い系とかUFOものとか、大体予想はつく。だけどこいつが見ているのは、恋愛系のものだった。「クリスマスまでに彼氏を作ろう!」サブタイトルにそう書いてあった。・・・吐き気がする。人の恋愛を見て何が面白いんだが、俺にはさっぱりとわからない。「チャンネル変えていいか」そう聞くと案の定「駄目」と即答された。・・・居心地悪い。 「はーあ、こんなの見てると彼氏欲しくなるから駄目なんだよ」 「じゃあ見んなよ」 「はーあ、彼氏欲しいわ」 「人の話を聞け!」 顔の側面を机にくっつけて番組を鑑賞しているに、むかついて足蹴をしてやった。我ながら幼稚なことをしていると思ったが、話を聞かないこいつが悪い。「痛!さっきのちょっと本気だった!」身体を起こしたがコタツの中で蹴られた箇所を擦る。その様子を見てちょっとやりすぎたと、反省。悪ぃ悪ぃと平謝りするとは目つきの鋭くさせて「目が謝ってない!」と怒りを露わにした。それでも子犬が威嚇しているように思えるのは、何故だろうか。いや、子犬なんて可愛い表現こいつにも勿体ないけど、うん。 「やっぱり恋愛するなら大人だ!同世代却下!暴力反対!」 「謝っただろ一応」 「フン、わたしは年明けたらサラリーマンと恋愛するからね!」 「やめとけ、相手にされねーぞお前」 「仕事に家庭に疲れたサラリーマンの癒しの存在になる!」 無理無理と手を振って否定する俺にキャンキャン吠える。やっぱり子犬が威嚇しているようにしか思えない。 俺たちが駄弁っている間に、いつの間にか番組は進んでいて「カップル誕生」という看板が立っていた。それを見ては「ああー!」と声を荒げた。・・・やっぱり子犬は可愛すぎた、却下。 「宍戸のせいでカップル誕生しちゃったじゃん!経緯全くわかんないじゃんバカ!」 「そりゃお前にも原因あるだろーが!」 「百パー亮のせいだ!」 あーもー!と頬を膨らませてコタツの中で足をバタバタさせるは、お世辞にも同学年だとは思いたくない。だが、どうだろう。そんな相手に苗字じゃなくて名前で呼ばれたことが、この上なく嬉しかった。いつからかはもう覚えていないが、久しく下の名前で呼ばれていなかったような気がする。そしてその反対も然りだ。俺もを下の名前で呼ばなかった。いや、呼べなかった。あいつが他人行儀みたいに「宍戸」なんて呼ぶから、俺も同じようにそうした。だが、その呼び名に慣れるまではそう時間はかからなかったように思う。今じゃ、名前を呼ぶことのほうが躊躇われる。呼ばれるのはなんてことないが、呼ぶのは少し勇気が要る。言ってしまおうか。いっそ流れで。 「おい、ぎゃーぎゃーうるせえっつの。もう見ねーならチャンネル変えるぞ」 「え・・・」 「チャンネル、変えろって」 「あ、う、うん!」 はリモコンを片手にチャンネルを順に回していく。そして「ペット特集」というところでをピタッとチャンネルを変えるのをやめた。 「亮、これでいい?」そう聞いたに、頬杖を付きながら「おう」と短い返事をした。やけに暑いこの部屋に冷房でも入れようかと思った。窓の外の気温はマイナス2度だが、見ればあいつも暑そうにしている。ほっぺが赤く染まっている。それを見て又体温が上がったような気がする。可愛い、初めてそんなことを思った。のあの嬉しそうな笑顔が目に焼きついて離れてくれない。 Fin. |