# 垂直な愛など存在せず


 ああ、いそがなくては。間に合わない。今日の朝、録画し忘れた再放送のあの人気ドラマ!

 いつになく担任の話が長くなり、SHRが終わるころには時刻はもう4時を回っていて、とっくに再放送のドラマがはじまりを迎えていた。わたしは教室の扉を乱暴に開け放ち、階段を一気に駆け抜けながら、片手に持った携帯電話を耳に当て、電話の向こう側にいる母の応答を待った。プルルル、プルルル、そんな機会音だけがわたしの耳によく響いて、肝心の相手は電話には出ない。なにやってんだあんのクソババアー!といつになく口悪く本音をぶちまけていると、不意にバランスを崩してしまい、階段を3段抜かししていたわたしは、着地に失敗してしまう。ゴキッ!という音がよく合うように、まさに足を挫いてしまったわたしは、あいたー!と悲鳴を上げながら負傷してしまった足を両手で抱え込んだ。大事そうに何度か擦った後、わたしはそれでも負けまい!とくじいた足を引きずりながらも、下駄箱に向かうのであった。
 そうして曲がり角を曲がろうとしたときに、わたしは前方からやってきたわたしより大きな存在に、思いっきりドン、とぶつかってしまい、その反動で身体のバランスを著しく崩したわたしは、そのままおしりから地面とごっつんこする羽目となった。本日二回目である。このような苦い思いをするのは。


「あいたた・・・。ちょっと、なんなのよ一体!」


 尻餅をついたおしりを擦りながら、ぶつかった相手を見やると、そこにはえらく顔立ちの整った美少年が目を見開いて、わたしと同じように尻餅をついていたのである。その顔に見覚えのあるわたしは、記憶のなかをさ迷い、この美少年が最近こちらに転校してきた六道・・・・むねきち?いや、ふくろうだったか。まあ、そんな感じの名前の男の子だったと思い出す。
 不意に辺りを見渡してみると、そこらには白いプリントが多く散らばっていて、それを見てなんだか少し責任を感じたわたしは、一枚ずつ丁寧に向きを揃えて集め出す。その姿をぼーっと傍観している六道に、「ぼさっとしてないで、アンタも拾えば?」と偉そうなことを叩けば、六道はハッと我に返ったように白いプリントをかき集め出した。ああ、ドラマ諦めるか・・・。と、小さくハアとため息を吐けば、六道が申し訳なさそうに「すみません、手間を取らせてしまって」と初めて口を利いた。


「あ、いや・・・、わたしも悪いし、全然いいんだけどさ」
「すみません、ありがとうございます」
「なにそれ。謝ってんの、それともお礼言ってんの?」
「クフフ、どちらもですよ」


 不気味に笑った美少年は、それでもキレイだった。
 あらかた集まったところで、わたしが揃えた分を六道に渡すと、もう一度「ありがとうございます」とにっこり微笑んだ。あ、やばい、今のちょっとかっこいい。不覚にもその端整な笑顔にきゅん、とときめいてしまったわたしは、急に恥ずかしくなって合わせていた視線をあからさまに背けてしまった。照れ隠しに逸らした視線の先に、白い長方形の紙を見つけたわたしは迷わずそれを拾い上げて、その紙切れが写真だったことに気付く。「あ、これもアンタのじゃないの?」そう言いながら、写真を捲るのと同時だっただろうか。六道が、慌しい声を発声したのは。「ああ、それは!」まるで、見られたくないものが見られたときのような、反応。
 わたしの視界に入ってきたものは、紛れもなく「わたし自身」で見覚えのない写真だった。それも、寝顔の。こんなアングル、どうやって撮ったんだよ!って突っ込みたくなるような、完成度の高い一枚だった。


「な、にこれ・・・」
「いえ、それは・・・別に隠し撮りとかじゃないんですよ。たまたまなんです。そう、たまたま」
「いや、たまたまでこのアングルはないだろ」


 窓際の机で眠っているわたしを、本館(わたしたちの教室があるところ)の向かいにある旧館の屋上からピントを合わせて撮った一枚である。窓越しに撮られている、っていうところがどこかのアニメのブロマイドっぽくて、好けない。・・・いや、好ける好けない以前に、これは列記とした盗撮ではなかろうか。このような美少年にわたしの見せたくもない寝顔写真を持たれているというのは、いささか複雑である。嬉しいような、悲しいような。とにかく、写真は恥ずかしいので没収だ。


「あの、返していただけませんか。僕の写真」
「いや、これ写ってるのわたしだし。つか、これあきらかに盗撮だよね。犯罪だよね」
「盗撮なんて滅相もない!僕はただ、あまりにも可愛らしい寝顔を見つけたので、ついパシャリと」
「それが盗撮っていうんだよ!」


 なんかこの人あぶない!なんてことを今更気付いて、なにも起こらないうちに早急にこの場から立ち去ろうと床に転がっていた鞄を掴み取ると、スタスタそのまま歩きはじめた。六道が素直にこのままわたしを帰してくれるはずもなく、わたしはすぐさま六道に腕を掴まれてしまうのであった。「ちょ、やだ触んないでよ!」拒絶の言葉を発しても、聞こえていないかのように振舞われて、最終的にわたしが萎縮してしまう。「まさか本物に会えるなんて・・・。写真の中のも美しいけれど、本物はより美しい・・・」恍惚した虚ろな目でわたしをじっと見据えて、「ああ、愛しの・・・」とどこから知ったのかは知らないがわたしの名前を囁いて、グッと自分のほうにわたしを引き寄せた。
 踏ん張らなくちゃ、というときに限って、さきほど挫いた左足が悲鳴を上げ始めて、上手く六道を引き剥がすことができずにいた。もう、なんなの!なんなの!頭は混乱と焦りで、パンクしそうであった。


「あの日、あの時、あの場所で、貴女に出会っていなければ・・・このような淡いピンク色の想いは抱かなかった」
「なんなの!?ピンクって、もうなんなの!?取り敢えず、一旦離れていただけませんか!」
「いいえ、もう手放しません。僕たちはたった今、始まったばかりなのですから」
「いや、手放してもらわないと困るんだけど!それに、始まらないからわたしたち! きゃ、ちょ、やだどこ触ってんの!」


 助けて、と叫んでも辺りには誰一人とおらず、その場にいるのはわたしとこの鬼人並に恐ろしいヘンタイだけであった。腕は未だ掴まれたままで身動き一つできない。一体どうすればいいの!わたしの悲愴な叫び声が廊下中に響いたと思いきや、「そうですね、まずはこのまま手を組みながら恋人らしく帰路に着くというのはどうでしょう」と冷静な声が上から降ってきて、突っ込みたいことは山々だったけれど、なんせ一つひとつ相手にしていたらきりがないのだ。それにほら、犯人を逆撫でしてはならないとよく言うでしょう。だからここは穏便にいかなくては、間違っても穏便に、穏便に。


「さあ、行きましょう。夕日をバックに貴女をカメラに収めたい。いえ、カメラだけでなく心にも焼きつけなければなりませんね、クフ」


 間違っても、犯人・・・いや、ここではヘンタイか。ヘンタイを逆撫でしてはならないのである。頭ではきちんと理解できているはずなのに、なんでかな。わかんないけど、もう、限界な気がする。やっぱ、わたしには、 無 理 !!


「死ねえええええええええええええええええ!!!!!!!!!六道ふくろうおおおおおお!!!」


 気が付けばそんな暴言を口にして、六道の頬に思いっきりビンタを喰らわせようと、手を大きく振りかぶった。けれど、涼しい顔で六道はその手を掴み取って、「クフフ、お茶目ですね。僕の名前はふくろうじゃなく、骸ですよ」なんて軽く笑いながら言うのだ。ああ、くやしい!くやしい!くやしー!!そんなわたしの悲痛の叫びなど届くわけもなく、六道はわたしの手を潔く放した。あれ、と珍しい行動に目を奪われていると、次は膝と背中に腕を回されて、いわゆるお姫様だっこというものをされた。宙に身体が浮く感じ。少し気持ち悪かった。けれど、もっと気持ち悪いのは、お姫様だっこをされてしまっている自分である。


「ななななにやってんの、降ろして!ねえ、降ろしてって!」
「挫いているでしょう、左足。保健室へ行かなければなりません」
「なっ・・・・・」


 なんでわかったの、なんて口に出せなかった。いつになく、真剣な表情を見せてそう言われてしまったのだから。すごく恥ずかしかったけど、挫いた左足がジンジンと痛んだのは本当だし、歩くのも身体に響いてしまっていたのも、事実。それをいい訳にするわけじゃないんだけど。まあ、えっと・・・・・。真剣な六道に、なぜだかドクンと胸がときめいてしまった、というか。
 とにかく!今は挫いた左足を冷やすことが先決であると判断した。お姫様だっことか、もう関係ない。潔く、コイツの好意に甘えることにした。再放送のドラマは・・・・・、もうぜったいに見ないことにする。



( title by 金星 ) Fin.